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2009/07/23

砕かれた悔いた心

神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。 詩篇51:17

失敗し悔し泣きに流す涙も、喜びの涙も、同じ涙腺から流れ出る。

私たちが捧げることの出来る、神への最上のささげものは、私たちの誇りと思える立派な行為とか、人に優れた業績などではない。「砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心」、つまり、神の裁きの目に露わにされた自分の愚かさや醜悪な罪に打ちのめされ、同時に神の憐れみと保護を確信し、正直に罪を告白して許しを願う心である。

神の祝福が、そこに約束されている。正直な罪の告白を、神は決して軽んじることはない。むしろそれを喜ばれる。「主は心の打ち砕かれた者をいやし彼らの傷を包む。」(詩篇147:3)とある通りだ。

悔恨と賛美とが一つになり、後悔の涙と喜びの涙が一緒に流れ、神への感謝の思いが込み上げてくる。このような心が、神のみ前にふさわしい。

~機関紙「いこい」2009年号より抜粋~

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