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2009/11/30

沈黙と祈り

「神の前では、軽々しく、心あせってことばを出すな。神は天におられ、あなたは地におるからだ。だから、ことばを少なくせよ。」   (伝道者の書5章2節)

 今大学でも私語の多さが目に余るものだそうだ。最もあれは「私語」ではなく「死語」と呼ぶそうでもある。
 若い人に限らず、現代人は黙ることができなくなっている。のべつまくなくしゃべっていないと不安に駆られるからか。あるいはたくさんしゃべると思いが伝わると勘違いしているからか。「真理は沈黙している」と言われる。声高に真理や正義が語られるとき、それは要注意だ。それは空虚と欺瞞を隠した偽装であることが多いからだ。
 沈黙は空虚とは異なる。むしろことばが内側に向かって深く入り込み、そこで充満している姿である。そこから溢れ出るものこそ凡百の言葉を凌駕する。祈りはまず私たちの沈黙の内に心全体を満たして、そこから抑え切れず溢れ出るものだ。

~機関紙「いこい」2005年号より抜粋~

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