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2010/02/24

主のことばを聞くこと無しに

「主(神)のことばを聞くことの飢饉である。」(アモス 8:11)

BC8世紀中頃、アモスは、経済的繁栄を極めたイスラエルで活躍した預言者である。皆は信仰などの内面よりは、目に見える金やモノに執着していた。

人のワザのすべてを休んで神を覚える日にするようにと、神が民との交わりのために設けてくださった安息日に対しても、儲けに走る人には余計な日に映った。「安息日はいつ終わるのか、麦も売りに出したいのだが」と愚痴をこぼして、終わりを待ちかまえている始末であった。儲けのために秤をごまかし、不正な利潤を得ようともしていた。

この金、金、金、商売、商売、商売、仕事、仕事、仕事・・・。「祈るよりは働け、稼げ」という世相。これは現代と余り変わらない。物質は繁栄し、文明の利器も多い。しかしたましいはますます飢え渇き、癒されることがない。
なぜなら人の心は、愛と真実のことばを聞くこと無しには、決して満たされることはないからである。人は、心のこもった愛の言葉に癒され、真実の言葉に希望を持つことが可能になるからである。


~機関紙「いこい」2006年9月号より抜粋~

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