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2010/03/10

だれかがあやまちに陥ったなら

「兄弟たちよ。もしだれかがあやまちに陥ったなら、御霊の人であるあなたがたは、柔和な心でその人を正してあげなさい」(ガラテヤ 6:1)


私たちがひとの罪を見る場合、二重の誘惑を受ける。

一つは自分も同じような罪を犯しながらもそれは棚に上げ、他人だけを誹謗する偽善の誘惑である。「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に石を投げなさい」とのイエスの言葉が、私たちの思い上がった心を粉砕する。

二つは、他人の不幸や失敗、罪を喜ぶ誘惑である。口ではけしからんと言いながら、「あいつもか・・・」とほっとし喜んだりする。そして次第と自分を、ひとの信仰や倫理の、低い基準に落とすように弛める傾向に陥る。

このようにして、他人の罪とがは、私が罪を犯す契機となる。ではどうすればよいのか。冒頭の聖句のように、他人の罪を他人事として見放さず、連帯して解決を図ることである。
「正す」とは「補う、繕う」の意味である。柔和な心をもって、彼を補佐し、一緒に修復を図るのである。
こうして罪や問題は繕われ、愛と正義が現れる。


~機関紙「いこい」2006年11月号より抜粋~

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