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2010/03/31

彼らはそこでイエスを十字架につけた。

「彼らはそこでイエスを十字架につけた。」(ヨハネ19:16)

罪も穢れも無い、正義と愛の人イエスが、恐ろしい十字架刑に処せられる。十字架刑は、木に手足を釘で止められて放置させる刑である。死に至るまでの長時間、肉体の苦痛と死の恐怖、そして人々の前に惨めな姿を晒し続けなければならないという、残酷極まりないものであった。こんな不法を神は見逃すのか。

第一の、同胞ユダヤ人の裁判は、嫉妬と逆恨みから、証拠も何も無い中での不当な死刑判決をくだした。第二の、法の正義を標榜したローマ人の法廷は、無罪がはっきりしているのに、裁判官ピラトが人々の脅しに負け、十字架刑を宣告した。

 だが第三の神の法廷も、イエスを十字架刑にすることを許した。
「神は、罪を知らない方(キリスト)を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるため」(コリント後5:21)、神に「義、正しい」とみなされるためであった。そして御子イエス自身が、私たちを救おうと、その苦難を背負う決意をなさってのことであった。


~機関紙「いこい」2006年4月号より抜粋~

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