« 12月19日ニュース | トップページ | 12月26日ニュース »

2010/12/27

12月26日メッセージ「この望みによって救われている」

私たちは、この望みによって救われているのです。目に見える望みは、望みではありません。だれでも目で見ていることを、どうしてさらに望むでしょう。もしまだ見ていないものを望んでいるのなら、私たちは、忍耐をもって熱心に待ちます。                   ロマ書8章24、25節

《人生には問題が多い》

今週で2010年を終える。心残りの、不満足を抱えての幕引きには、心が落ち着かない。出来るなら、感謝と喜びで今年を閉じ、期待をもって新年を迎えたい。だがクリスチャンだからこそ、多くの問題に遭遇もする(ヨハネ16:33、Ⅱコリント6:4~8)。そして未だ解決の糸口も見えない課題を背負ったまま、今年を終えようともしている。
問題は、人生の行く手を遮る垂直の高く厚い壁のように見え、私たちを絶望させる。また、足元に破滅の深遠が口を開く、切り立った岸壁にかろうじてへばりついているような不安な思いにもさせる。よじ登ろうとしても確かな手がかりが見つからず、疲れ果てて失意の奈落に今にも転落するのでは、と恐怖に襲われる。この問題にもう何年、翻弄されてきたことか。時には、足掛かりもなく絶望と無力感の中に放置されている感がする(詩篇69:1~2)。

《問題は栄光に変えられる》

そんな私たちに、聖書は確かな希望の存在を告げる。「被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっていることを、わたしたちは知っています。被造物だけでなく、霊の初穂をいただいているわたしたちも、神の子とされること、つまり、体の贖われることを、心の中でうめきながら待ち望んでいます」(ロマ8:22、23)。問題は解決されていない。依然として悩みの種は残り、絶壁の途中にしがみついている危険な不安があるが、登る道が見えない。だが、いつか、壁を確実に登り切ることが出来る。「私たちは土で造られた者のかたちを持っていたように、天上のかたちをも持つのです」(コリント15:49)。問題の解決は、私たちの自力によるものではない。解決を急ぐことだけが大事ではない。しばしば悩みを抱えて生き続けることで、私たちは貴重な学びを得る(詩篇119:71)。また私たちの問題や弱さは、信仰にあっては神の祝福と恵みを味わう機会に変わるのだから、案じることはない(Ⅱコリント12:9~10)。

《この望みによって救われる》

抱え続けている問題を通して、私たちは訓練を受ける。「この望み」は岩壁に打ち込まれたハーケンのようだ。それは、私たちを失意の奈落に落ち込まないように身体に結わえられたザイルをしっかりと支えてくれる。人生の危機に直面する私たちを、しっかり確保してくれる。前途の見通しがついたから救われるのではない。過去の実績によって救われたのでもない。過去の実績もなければ、先の見通しもつかない。キリストご自身が復活の事例を通して神の約束の確かさを保証し、私たちに手づから希望をお与えくださった。パウロも自分の体験を踏まえ、「神はすべてのことを働かせて益としてくださる望みの神」であると推薦し、望みに溢れるようにと祝福する(ロマ8:28、15:13)。神の約束に対し、望みを失ってはならない。神は私たちを希望によってお救いになる(Ⅱコリント1:10、Ⅰテモテ6:17)。

|

« 12月19日ニュース | トップページ | 12月26日ニュース »

礼拝説教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543924/50413511

この記事へのトラックバック一覧です: 12月26日メッセージ「この望みによって救われている」:

« 12月19日ニュース | トップページ | 12月26日ニュース »