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2011/01/09

1月9日メッセージ「感謝と祈り    ピリピ講解1」

私は祈っています。あなたがたの愛が真の知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになり、あなたがたが、真にすぐれたものを見分けることができるようになりますように。                 ピリピ書1章1~11節(9~10)

私たちの教会は、今年「神の家族として互いに仕え合う」ことを目標に、年間標語をピリピ書から「キリストが・・・ご自分を無にして、仕える者の姿をとり」を選んだ。ピリピ教会は現在のギリシャ北部にあり、50年頃にパウロが困難の中伝道し建設したヨーロッパ最初の教会である。そしてピリピ書は、パウロが晩年、ロマの獄中からピリピ教会に宛てた手紙で、今日はこの挨拶と祈りの箇所から以下のことを学ぶ。

《感謝と喜び》

1)人のことで喜ぶ。私たちも感謝し喜ばないわけではない。だがそのほとんどは、自分自身の境遇や健康、経済や能力がそれなりに確保された上でのことだ。だがパウロは、深刻な判決を長く獄につながれて待つ身でありながら、ピリピの兄姉のことで感謝し喜んでいる(3、4)。聖書には、彼が自分だけの問題で感謝する記事はほとんどない。「喜ぶ者といっしょに喜ぶ」ことが出来ることは幸いだ(ロマ12:15)。さらにパウロは、喜ぶことを失っている人に、喜べる立場にいることを示し、喜ぶように励ましてもいる(ロマ5:3~5、8:28、参照Ⅱコリント1:4~5、ヤコブ1:2)。

2)霊的なことで喜ぶ。パウロはピリピ教会の人々の信仰について喜び、神に感謝している。私たちの喜びが、神を抜きにし、信仰面を欠いた成功話等にあって、神への感謝を欠いているとすれば問題だ。それは、私たちを反って神から引き離し、本当の実りをもたらさない喜びに留まる。パウロの感謝は、ピリピ教会の諸兄らが福音を信じ10年程経た今も、福音に与かって来たことにある(5)。神の救いを受けて信仰に留まり続けてきたことを指している。

3)希望で喜ぶ。神は兄弟たちが堅持する信仰を終わりの日に完成すると約束された。パウロはその神の約束を信じ、未だ見ぬ完成を確信し前を見て喜んでいる(Ⅱテモテ1:12)。神は救いに選んだ人を最後まで守り(Ⅰコリント1:8)、神の子にふさわしく整えてくださる(6、10、11)。

《豊かな愛と真の判別力》

パウロがピリピ教会のためいつも祈った内容は、以下の二つだった。

1)愛が豊かに成長すること。それは「あなたがたの愛が真の知識(隣人への明確な洞察)とあらゆる識別力(明敏な感覚感性)によって、いよいよ豊かに(あふれ流れ出るように)」なることを意味する(9)。すでにパウロ自身が、「キリスト・イエスの愛の心をもって」とあるように、イエスの熱愛を与えられた(8)。そこにはパウロ個人のえり好みはなく、ピリピ教会の全員を包む愛で、「あなたがたすべてを慕っている」(8、ロマ5:5)。私たちは、知性と感性を伴った健全な愛の成長が期待されている。

2)本物を見分けられること。何が重要なことであるか、つまり神の御旨なのかを判別できて、それを遂行できる能力が求められている。それは、知的能力というより、神への畏れと信頼と服従の思いがあって初めて与えられる聖霊の賜物のひとつである(ロマ12:2、コロサイ1:9)。こうして私たちは、神の御許に召される日まで、「地上の残された時を、もはや人間の欲望のためではなく、神のみこころのために過ごすようになる」(Ⅰペテロ4:2)。

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