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2011/04/26

4月24日イースターメッセージ「主の復活の知らせを聞いても」

しかしそれから後になって、イエスは、その十一人が食卓に着いているところに現われて、彼らの不信仰とかたくなな心をお責めになった。それは、彼らが、よみがえられたイエスを見た人たちの言うところを信じなかったからである。             マルコ福音書16:13、14(1~18)

1974年までの29年もの間、太平洋戦争の終結を知らずフリッピンルバング島のジャングルに篭って戦っていた日本の兵士がいた。終戦を告げ投降を促すビラを見ても、米軍の謀略と考え信じなかったための悲劇だった。二千年前の弟子たちも、イエスが復活されたという嬉しい報告を耳にした。だが彼らのこころはかたくなで、その知らせを信じることが出来ず、ユダヤ人を恐れ不安気に戸を堅く閉じ、ひっそりと息を潜めていた(ヨハネ20:19)。多分、外は春の陽光のきらめく晴れやかな一日であっただろうに。

《石をころがして》

イエスを信じ従って来た婦人たちも、三日前に十字架刑で殺されたイエスがよみがえられるなどとは、少しも信じていなかった。当然、遺体は今も墓にあるものと考え、大きな墓石をどうしたら動かせるかと思案していた。復活の主は墓から抜け出ることも可能だったが、婦人たちに復活の事実を明示するため、目に見えるように墓石をどけて置かれた。「せめて丁重な弔いの化粧を」という婦人たちのイエスへの思いを受けて、神は天使を待機させて、復活のニュースを先ず婦人たちに告げた。神は、主イエスに関わる者に祝福を与え、導きの手を伸ばしてくださる。マタイ7:7~8参照。

《弟子たちとペテロに》

婦人たちに、神は復活の知らせを「お弟子たちとペテロに」告げるようにと、わざわざペテロの名を付してお命じになられた。イエスの十字架刑の前に、ペテロは我が身可愛さに、彼を裏切った。以前「エルサレムで長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け殺され、三日目によみがえる」とイエスが言明された際も、ペテロはそれを否定するような発言をして、イエスに「下がれ、サタン」と激しく叱責された。「もう自分には弟子の資格は無い」と、自責の念に沈んでいたペテロに、神は彼の名を指名してイエス復活の事実をお告げになった。神は、悔い改めた者を捨てず、犯した失敗を超えて信頼し、用いてくださる(Ⅰテモテ1:15、16)。

《不信仰とかたくなな心を》

主が復活されたが、弟子たちでさえ当初は信じなかった。「不信仰とかたくなな心」であったからだ。弟子たちは、自分たちの経験や理解の枠の中で宗教的世界を築き、その部屋の戸をしっかりと閉じ、「イエスは死んだ」という自分たちの事実認識から出ようとはしなかった。復活され、全世界の王として君臨する主イエスを知らず、弟子たちはいまだに小さな部屋に閉じこもって震えていた。「勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝った」(ヨハネ16:33)と宣言された方を忘れてはならない。復活の主は、私たちに必要な苦難は十分に与えて訓練なさるが、不要な問題は除去される。罪と死に打ち勝たれた方が、共におられて支えてくださる。不信仰とかたくなな心を捨て、主イエスは私たちの悲しみや悩みよりも大きい方であることを信じ、戸を開いて外に出て行き福音を知らせよう(15、マタイ20:18~20)。

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