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2011/05/24

5月22日メッセージ「平安を残す」

わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。 ヨハネ14:27

 福島第一原発の事故は、次々と新たな難問を抱え、当分は解決の目処がつきそうにもない。汚染の区域は広がり続け、元に戻れるのは何時のことだろうか。何百年も平穏に住み続けてきた故郷が、一瞬に破壊される様子を私たちは目にした。私たちが身を置く世界が、何と脆いものであるかを知らされた。私たちの健康、職場、家庭など今の状態を今後も保証するものは何もない。
 確かにこの世界では、葛藤は尽きず対立は止まない。あらゆる所に分裂と破壊混乱が起こり、不安が心を脅かす。人はあるべき自分と現実の自分との分裂に苦しみ、他者との分裂に悩み、他者への恐れや自分に対する絶望や傲慢な思いを抱え、不安に陥る。絶対の休息、完全な平安を、この世界の誰に何に求めても得られず、湧き出る心配や不安を人の努力で解消出来ない。有限の世界は、平安を産み出すことは出来ない(ルカ12:18、19)。

 しかし聖書は、絶対の平安を神の祝福の第一に挙げている。聖書の民イスラエルの日常の挨拶は「シャローム、平安がありますように」であり、神は「平和の創造者」、約束のメシヤは「平和の君」(イザヤ9:6、45:7)だと紹介している。パウロは、彼のすべての手紙の冒頭に「私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたの上にありますように」と記し、信徒たちに神の恵みの平安が与えられるように祈っている(ロマ1:7、Ⅰコリント1:3、Ⅱコリント1:2、ガラテヤ1:3他)。

 聖書の語る平安は「問題のない状態」に留まらない。健全・安寧・繁栄等で、精神的・物質的・個人的・社会的に満たされている状態を意味する。それは人が神との正しい関係を有するところに付与される。不安や葛藤、不和の根源は、人が神との分裂状態にあるところから生じた。神に背き、神を無視する罪の中にある人間への、神からの呪いの結果である(創世記4:23、ロマ3:23)。

 しかし今、私たちはキリストにあって神との和解が可能となった。平安の道が開かれた(コロサイ1:19~20、ロマ5:1、11)。真の平安は、神の救いに与って罪を許され、神のご支配の下に身を置くところにある(イザヤ32:17、52:7)。平安は救いの結果の恵みであり、神の支配への信頼にある(同26:3)。キリストからの平安は、信じる者を守って問題に押しつぶされず、恐れることなく、喜びと希望の中に対処出来るように支えてくれる(ピリピ4:7、ヨハネ14:27)。

 平安は、私たちが真に恐れるべき神への畏怖を覚えるところにある(マタイ10:28)。キリストの平安に生きる、これがキリストの者の重要な使命でもある(コロサイ3:15~17)。だから教会は「ドナ・ノービス・パーチェム、平和(平安)を与え給え」という祈りの賛美を、長く歌い継いで来ている。

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