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2011/06/29

6月26日メッセージ「福音を伝える」

みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。 Ⅱテモテ4:2

福音伝道の責任 

 教会は、この社会に、生きておられる愛と義の神がおられることを証しするために存在する。「人の子(キリスト)が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです」(マルコ10:45)とあるように、教会の主イエスは、ご自分の十字架の死と復活による、神との和解の道を、私たちのために開いてくださった。教会は、ここに人類に救いが開かれていることを、多くの人々に伝える、重要な役目を託されている。
私たちキリスト者は、この時代に今、生かされているのは、キリストを証しするためでもある。「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたし(キリスト)の証人となります」(使徒1:8)。

福音伝道の困難 

 しかし、伝道の責務を知ってはいるが、伝えないのはどうしてか。難しいからだ。いや難しいと思い込んでいる節がある。第一に、どう伝えたらよいのか、語る言葉を知らない。つまり自分が信じている信仰を、具体的に明瞭に表現するだけの理解と知識の欠如である。しかし他者に伝えるために、信仰の内容を自分の言葉で表現することは、自分の信仰内容の把握ともなる。伝えることは最も有効な学びでもある。第二に、容易に理解してくれず、時には無礼な態度さえ示す相手に仕える困難である。伝道には忍耐と愛が必要であり、相手を理解する努力も怠ってはならない。これは自分が信仰に導かれる際に先輩の愛兄姉が払われたことでもある。ここに愛と信仰が試され、成長する。第三に、伝道することは、自分がキリスト者であることを明らかにすることなので、その後の付き合いで、不都合が生じるのではという危惧の念がある。伝道は、その臆病な隠れキリスタン的な、二股の姿勢を崩し、信仰を自他に告白させてくれる。「あかりをつけて、それを枡の下に置く者はありません。燭台の上に置きます」(マタイ5:15)。

福音伝道の開始 

 私たちに託された神からの宝、人類に提供されている唯一の救いと祝福を、隠してはならない。大津波に見舞われた被災地の不自由な環境下で、多くの怪我人や病人を救おうと懸命に医療活動を続ける医師たちの姿に、誰もが感銘を受けた。私たちも、「金銀は私にない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」と声を挙げよう(使徒3:6)。私たちは、やがては津波ではないが、さらに深刻な滅びに襲われることを知っているのだから。先ずは自分を生かしている福音の喜ばしい事実を再確認する。神との和解、平安、希望を、自分の言葉で、謙遜と正直、愛と勇気と期待をもって、語り始めよう。最初は家族に、そして友人同僚に、何とか機会を伺い、知恵をもって伝えよう。教会の伝道活動に参加し、また遠く海外や地方で労されている伝道者たちの働きのために祈り、支援して、この大事で素晴らしい伝道の進展のために力を尽くそう。

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