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2011/07/14

7月10日メッセージ「キリストの愛に動かされて」

それで、主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしはあなたがたに模範を示したのです。               ヨハネ13:14~15(1~15)

 今朝は、キリストが弟子たちの足を洗われた記事を通して、「僕としての心得」を学びます。上記のことばは、弟子たちの足を洗われたキリストが、弟子である私たちにはっきりした模範を示し、しもべとして互いに仕え合うようにと教えられたものです。

 《キリストの愛に与ること》

 ヨハネ13章は、イエスの公生涯の後半、十字架の受難の道に踏み出そうとする時のことを記しています。冒頭に「世にいる自分のものを愛されたイエスは、その愛を残るところなく示された」(1節)とあります。父なる神の愛を示し、私たちを救おうと地上に来られたキリストは、十字架の死と復活によって身をもって、私たちへの深い愛いを示してくださいました。さて、イエスが足を洗おうとシモン・ペテロのところにお出でになると、彼は当惑し、イエスの申し出を断りました。彼は「師であり、神の子であるキリストに、自分の足を洗っていただくわけには行かない」と思って遠慮したのでしょう。するとイエスは、「もしわたしが洗わなければ、あなたはわたしと何の関係もありません」と言い、ペテロに「足を洗う」行為が、後の十字架上で流される罪の赦しときよめのことでもあると言われたのです。
 私たちは、僕として「仕える」前に、覚えておくべき大切なことがあります。それは、自分がキリストの救いに与った身であり、キリストの愛を注がれた自分であるという意識です。キリストの愛に触れ、その愛を体験していることが、キリストの僕としての大前提だということは、何とすばらしいことではないでしょうか。

 《キリストの愛に動かされること》

 復活の後、イエスはあの大失敗をしたペテロに現れて尋ねられました、「あなたは私を愛しますか」と(ヨハネ21:15~16)。私たちを極みまで愛してくださるキリストの愛が、仕える原動力となっていないと、いつか私たちの熱心さも冷め、疲れ果ててしまうでしょう。教会において奉仕する時、家庭や社会において、あるいは学校で、僕として仕える時、何があなたの原動力になっているでしょうか。
 キリストに倣う僕は、謙遜に互いに仕え合います。神であられるキリストが、私たちに仕えるために人となって地上に来られました(ピリピ2:6~7、マルコ10:45)。兄弟に仕える時、交わる時、キリストが弟子たちの足を洗われた姿に倣い、相手の足元にしゃがみ込むように、より低くなりましょう。
 教会において、兄姉たちに己をむなしくし仕え、愛するとき、私たちは神のみこころを全うし、互いに真の幸いを味わうことでしょう。なぜなら私たちは、神と人とに仕えるように、神によって造られたからです。キリストの模範を家庭において、教会において実践しましょう。

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