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2011/07/31

7月31日メッセージ「主の小道を歩む」

多くの民が来て言う。「さあ、主の山、ヤコブの神の家に上ろう。主はご自分の道を、私たちに教えてくださる。私たちはその小道を歩もう。」それは、シオンからみおしえが出、エルサレムから主のことばが出るからだ。 イザヤ書2:3

《信仰の具体的実践に進もう》 

信仰を、基本的なキリスト教教理の理解と同意に止まっていてはならない。神は全能だと信じていても、自分は神に支えら生かされているとは思わず、自力で生きていると思い込んでいる。問題が起きれば「もうダメだ」とあわて、神の助けを忘れて、「そんなこと、俺には無理だ」と絶望する。それでいながら、自分が不信仰な生き方をしていることに気付かず、常識や経験で物事を判断するに疑いも抱かない。それを使徒たちは「霊的眠り」と表現し、「目を覚ませ」と警告する(Ⅰコリント16:13)。
クリスチャンは、神のみ教えを慕い、日常生活のあれこれもすべて神のみ旨に沿って行動しようと願うようになってこそ、本物だ。それが「主の小道を歩む」ことで、信仰の具体化、生活化と言えよう(コロサイ1:9~12)。正統的な信仰理解は大事だが、観念的な同意だけに止まっては死んだ信仰だ(ヤコブ2:17~20)。仕事や時間、家族や隣人などすべてを、神のみ心に沿うように位置づけ、神の人らしく対処して行こう(ロマ13:12~13)。

《隣人への信仰的対処の実践を》 

人の信仰は、隣人や家族などへの愛として表現され、その接し方に明瞭に現れる。あの良きサマリヤ人の喩えに登場する卑怯な宗教家たちや、心を合わせて祈るべき兄弟を赦せないペテロ、放蕩息子の喩えの弟への父の愛情に怒る兄など、多くの聖書箇所に、隣人や家族を愛せない人の心の醜さが描かれている(ルカ10:31~32、15:25~30、マタイ18:19~22)。
神への信仰と愛は、身近な人への愛となって現れて証明される。私たちが神に求められるのは、正義と共に、兄弟に対する思いやりと同情、理解と共感、許しと親切、寛容と謙遜などである(エペソ4:2~3、ロマ12:16)。自分の信仰の小道を、そのような香しい愛情の数々で互いに彩り、共に生きることを喜ぶ隣人となれるように努めよう(Ⅰペテロ3:8~9)。

《隣人愛の共同体の形成を》 

批判と審き、拒絶の横行する現代社会にあって私たちは、非礼にたじろがず、悪意のことばにおびえず、高圧的なことばにも怒らず、逆に礼儀を尽くし、善意を持って、謙遜に接することが最大の課題である(Ⅰペテロ4:9~11)。このような信仰の愛の交わりを通して、互いに勇気や慰めを与えられ、キリストの御名が崇められるように努めよう(エペソ4:26~32)。兄弟や家族などの親しい間柄では、各自の罪が遠慮もなく飛び出しやすい。私たちは、自分の自己主張、わがまま、怒り、妬み、批判、反発、高ぶり、競争心などを、横着に放置していてはならない。自分の罪に気付き、交わりを辛いものに変質させている言動を除去しよう(テトス2:1~8)。キリストの身体にふさわしい麗しい共同体をこの社会に提供したいものだ。

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