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2011/10/25

10月23日メッセージ「イエス・キリストの名によって」

 

ペテロは、ヨハネとともに、その男を見つめて、「私たちを見なさい。」と言った。男は何かもらえると思って、ふたりに目を注いだ。すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」と言って、彼の右手を取って立たせた。   
       使徒3:4~7(1~10)

《主は私たちの必要を知っておられる》

「美しの門」と呼ばれる宮の入り口で、足の不自由な男は物乞いをしながら、その日暮らしをしていました。彼は、生まれつき足がきかないという現実と向き合い、約40年間生きてきたわけです。当然、「自由に歩いて普通に生活したい、宮に入り礼拝をささげたい」との望みも持っていたことでしょう。彼は自力ではどうすることもできない現実を目の当たりにし、もうなるようにしかならないと半ば諦めていたかもしれません。ユダヤ社会では、施しをする事は徳の高いこととされていたため、宮に来たユダヤ人たちの多くが進んで彼の求めに応じたことでしょう。しかし、ペテロとヨハネは、彼の根本的な問題に目を留め、彼が最も必要としていることに応えようとしました。勿論それは彼が自分の足で歩けるようになることですが、究極的には、彼がイエス様を救い主と信じて救われ、真の神様を賛美し礼拝するようになることです。神様の一番の関心事は、魂がキリストの救いに与っているか否かです(Ⅰテモテ2:4)。

《主は私たちの必要を満たしてくださる》

主は私たちの必要を知り、満たしたいと思っておられます。この足の不自由な男の癒しは、ペテロとヨハネとによって行われた奇蹟ですが、彼らにそのような優れた力があったわけではありません。ペテロは、「ナザレのイエス・キリストの名によって」命じました。つまりイエス・キリストの権威に基づいた命令であり、それは、イエス様がそこに実在して奇蹟を行われた時と同じ力のあるものなのです。来るべきメシヤの預言の通り、イエス様は、病人を癒し、悪霊を追い出し、風を叱りつけ嵐を静める力を持っておられます(イザヤ35:5-6)。そして、何よりも人間のあらゆる問題の根本的な原因である罪の赦しを与える権威を持っておられます(マルコ2:10-11)。「生まれつき」とあるように、どうすることもできない問題に対して根本的な解決を持ってその必要に完全に応えてくださるのは、イエス様ただお一人です。クリスチャンには、キリストの名によって祈ることが許されているのです(ヨハネ16:24)。

《主は私たちを変えてくださる》

「踊り上がって、跳ねたりしながら」の表現に彼の喜びが目に浮かんでくるようです。そうです彼は完全に変えられたのです。大切なことは、彼は自分の必要が満たされことに喜んで満足して終わりではなく、神様を賛美し礼拝する者となりました。ここに神様のご栄光が現わされているのです。クリスチャンの信仰のリバイバルも、このように神様の救いの御業に感動し、神様を心から礼拝し従っていくところに与えられるのです。ですから、イエス・キリストの名によって生かされているクリスチャンはこのようにして、全存在をもって神様
を賛美し礼拝する者とされていることを覚えましょう。

(谷井涙賀伝道師記)

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