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2011/11/29

11月27日メッセージ「内外からの脅迫とわな」

また、そのころ、ユダのおもだった人々は、トビヤのところにひんぱんに手紙を送っており、トビヤも彼らに返事をしていた。 ネヘミヤ6:17(1~19)

《先ずは神の必要に》 

「私が城壁を建て直し・・・」(1節)。いわば神の家の工事とも言える城壁の修復工事は、多くの民の参加を得て、着々と進行した。信仰者はみな神の国の建設に召されている。しかし、信仰を持っているだけに止まる人が多い。奉仕不参加の理由は種々、多忙や、自分の悩みで手一杯ということもある。あるいは神への感謝も義務も感じない、信仰の停滞からかも知れない。神への奉仕の招き断わる理由に、私たちは事欠かない(参照ルカ14:16~20)。でも、教会に奉仕するのは、暇だから、余裕があるので、ということではない。「どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。」(ルカ10:42)とイエスは言われた。自分のことを第一にして、時間や金、力を使おうとすると、他に回す余裕はない。しかし、人が先ず神への奉仕に着手すると、神は彼の問題にも配慮し解決を助ける。信仰者の手に委ねられている、時間や立場、能力や財などの賜物を、自分のことだけに消費してはならない(Ⅰペテロ4:10)。崩れたままの城壁は、民が自分達の事だけしか考えない、不信仰を示していた。だが、ネヘミヤと民は再建に着手した。そのような光景を、私たちの中に放置していてはならない。

《甘言にも乗らず》 

この世界では、神の業に妨害はつきものだ。この工事を何としても阻止したいサヌバラテらは、周囲の有力者と語らって、友好と妥協の和平会談をネヘミヤに申し入れて来た。ネヘミヤに害を加えようとのたくらみでもあった(2節)。しかし会談の申し込みを受けた際、たとえ相手が反対者であっても、事情を話して理解を得、工事をスムーズに進展させる方策を講じることは無意味なのだろうか。ネヘミヤの回答は「私は大工事をしているから、下って行けない。工事が止まるようなことがあってよいものだろうか。」(3節)ときっぱり拒否した。4度の誘いにもぶれない。多分、祈りの結果の、神の導きの中での決断であったと思われる。「だれでも、手を鋤につけてから、うしろを見る者は、神の国にふさわしくありません。」(ルカ9:62)ともある。そしてまた、「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。」(ピリピ2:13)。工事は守られ、さらに進展する。

《脅しにも屈せず》 

敵は脅しをかけてきた。ネヘミヤらが反逆を企てているといううわさを流し、ペルシャ王の逆鱗に触れかねないぞ(6~9節)。まだ周囲からの妨害は、神を知らぬ異教徒の業と割り切れる。だが、神の言葉を告げる預言者シェマヤたちが敵に買収され、ネヘミヤを罠にかけようとした。祭司しか入れない場所にネヘミヤが入るように仕向けたが、彼はみ言葉に従って身を守った。味方であるべきユダの指導者たちの多くが、敵に通じていた(17~19節)。ネヘミヤの心労を思う。麦畑の中の、毒麦のような存在はいつの時代にもいる。私たちはそのような人々を見分けて、惑わされ心をくじかれてはならない。敵は面目を失った。「この工事が、私たちの神によってなされてことを知ったからである。」(16節)。

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