« 今朝の聖句 : クリスチャンの死はキリストを証する凱旋だ | トップページ | 12月18日ニュース »

2011/12/20

12月18日メッセージ「わたしを憐れむ神」

あなたがたの着物ではなく、あなたがたの心を引き裂け。あなたがたの神、主に立ち返れ。主は情け深く、あわれみ深く、怒るのにおそく、恵み豊かで、わざわいを思い直してくださるからだ。           ヨエル2:13(12~17)

《神の憐れみを切に求める》

南王国ユダの民は、近い将来降りかかる危機的状況に直面しなければなりませんでした。それは、主がイスラエルの背信の罪を裁かれる大いなる災いの日、主の日であります(1:15、2:1、11)。BC931年に、イスラエルが南王国ユダと北王国イスラエルに分裂して以来、神を畏れ、神に従う指導者は極わずかで、一時的な霊的復興はあったものの、民の心は次第に神から離れ異教の神々へ、偶像崇拝へと陥って行きました。ヨエル(「主ヤハウェは神である」の意)は預言者として、恐るべき将来を知らされ、その主のことばを受け、民に対して今何をすべきかを繰り返し訴えたのです。イスラエルの民は、神の憐れみを必要としていました。神の憐れみがなければ、前代未聞の壊滅的な状況におかれるという将来の無い、国家の危機が間近に迫っていたからです。未曾有の被害をもたらした3月11日の震災を、今を生きるキリスト者として、どのように捉えるべきでしょうか。この国の将来に対して、日本人の魂に対する「神の憐れみを切に求める時」として与えられた警告として受け止めるべきではないでしょうか(イザヤ53:6、Ⅱコリント6:2)。

《神に真心から立ち返る》

「主は情け深く、あわれみ深く」とは、何と慰めに満ちたおことばでしょうか。私たちの神は何と憐れみに富んだ神なのでしょう。では、神はどのような者を憐れまれるのでしょうか。神のご期待から大きく道を反れて自分勝手に歩んでいることを心から認め、神の前にへりくだり立ち返る者は幸いです。神はそのような者を豊かに憐れんでくださいます。口先だけの悔い改め、うわべだけ繕ったような心の伴わない信仰は、神の前に不十分であり何の意味も持たないのです。「心を引き裂け」とあるように真の悔い改めとは、私たちの全存在をもって神の望んでおられる方向へと向きを変えることです。それは私たちの思考、行動パターンに顕著な変化が見られ、生活を刷新させ、神の絶えざる恵みと祝福の中へと導くのです。今キリスト者が真心から神に立ち返るなら、神はこの国を深く憐れみ将来を明るくしてくださるに違いありません。

《神の愛の賜物を受け入れる》

 神は事実、私たちを深く憐れんでくださり、愛してくださっています(ヨハネ3:16、イザヤ9:7)。キリスト誕生は、罪深い私たちに対する神の憐れみの証拠であり、私たちすべてに対する愛の賜物であります。この神からの賜物であるキリストこそ、最も私に必要でありすべての人に必要なのです。クリスマスを迎えるにあたり、自分が神にどんなに憐れまれているのかを今一度心の奥深くに受けとめ、同じように憐れみを示す人となりたいと思うのです。

(谷井涙賀伝道師記)

|

« 今朝の聖句 : クリスチャンの死はキリストを証する凱旋だ | トップページ | 12月18日ニュース »

礼拝説教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543924/53528217

この記事へのトラックバック一覧です: 12月18日メッセージ「わたしを憐れむ神」:

« 今朝の聖句 : クリスチャンの死はキリストを証する凱旋だ | トップページ | 12月18日ニュース »