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2012/01/17

1月15日メッセージ「豊かな実を結ぶ秘訣」

わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。 ヨハネ15:5(1~11)

《キリストのいのちにとどまること》

キリストは「わたしはまことのぶどうの木」と宣言されます。旧約聖書では、イスラエルの民は、度々ぶどうの木に例えられています。当然、豊かな実を期待されているわけですが、神への不従順、罪ゆえに、期待とは裏腹に、味の悪い、口にすることができないものしか実らせることができなかったのです(イザヤ5:1~5)。豊かな実りの第一の前提は、キリストという実を結ばせる幹に繋がることです。神を無視した自分中心の歩みを悔い改め、キリストを救い主と受け入れることにより、人ははじめていのちの幹に繋がることができます。どんなに努力しても、このいのちの源であるキリストとの関係なしに実を結ばせることはできません(5節)。キリストは、ご自分のいのちを十字架上に提供なさるまでして、いのちを得よと招いて下さっています。

《キリストのことばにとどまること》

いのちの幹であるキリストに繋がった者が成長し豊かな実を結ぶためには、キリストのことばから十分な栄養を得ていくことが必要です。具体的にキリストにとどまるとは、「ことば」(ヨハネ1:1)であるキリストご自身、キリストの教え、つまり聖書のみことばにとどまることです(7節)。聖書に親しみ、聖書を愛読し、暗誦することにより、みことばを心に豊かに蓄えることです(コロサイ3:16)。キリストのことばがクリスチャンの心の内に豊かに蓄えられていく時、神はあらゆる必要を十分に満たし、豊かな実りを得させてくださるというのです。キリストにとどまり、キリストが私たちの内にとどまってくださるためには、みことばを魂の糧としていただかなくてはなりません。

《キリストの愛の中にとどまること》

キリストにとどまるとはキリストの愛の中にとどまることであり、それはキリストの戒めを守ることです(10節)。キリストの戒めとは、「互いに愛し合う」ことです。互いに愛し合うことにより、人がキリストにとどまっていることがわかります。「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです」(12節、17節)とあるように、キリストご自身がまず、私たちを愛してくださったゆえに、私たちも互いに愛し合うように招かれているのです(Ⅰヨハネ4:7~11)。何と幸いな招きでありましょう。真心から応答する者でありたいと思うのです。

《キリストのからだである教会にとどまること》

キリストの命令である、信じた者がバプテスマを受けて教会に加えられることが、キリストが与えてくださった特権です。神は、教会を通して個人を、家庭を、地域を祝福して下さるからです(エペソ1:23)。すべてのクリスチャンは、教会へと召されています。この交わりの中においてこそ、私たちは愛の実践を経験し、みことばによる教えをいただき、豊かな実りを期待することができます。それは私たちの喜びが満たされるためなのです。(谷井涙賀伝道師)

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