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2012/02/21

2月19日メッセージ「真実な信仰は契約に基づく」

このほかの民、祭司、レビ人、門衛、歌うたい、宮に仕えるしもべたち、また、国々の民と縁を絶って神の律法についた者全員、その妻、息子、娘たち、すべて理解できるまでになった者は、彼らの親類のすぐれた人々にたより、神のしもべモーセを通して与えられた神の律法に従って歩み、私たちの主、主のすべての命令、その定めとおきてを守り行なうための、のろいと誓いとに加わった。ネヘミヤ10:28、29(1~39)

《民は契約を結んだ》 

民は聖書の朗読を聞き、惨めな現状は自分たちの罪と不信仰の結果であることを教えられ、神に許しを乞い、与えられた信仰の決意を、イスラエルの伝統に倣い、神との新たな契約を結んで再出発したのである。神の教えに従おうと誓約することは、あの十字架の前の晩にペテロが「私は断じて離れない」と誓ったこととは異なる。ペテロは己の弱さ卑怯さを知らずに誓ったが、民は自分たちの罪を知り、神の許しを得、その誠実な憐みの支えを信じ、アブラハムの忠実な姿勢に倣おうとの「堅い盟約」であった(9:38、参照9:8、33)。この時、契約に捺印した者は、総督ネヘミヤを先頭に、祭司、レビ人、長老等の主だったもの84名であった。それは「主のすべての命令、その定めとおきてを守り行なうための、のろいと誓いとに加わ」る重い責任の伴う契約であったが、それに多くの民が加わった(28、29)。口先の約束に終わらせず、具体的な達成課題を挙げ、誓約した。
神を信じるとは、先ずは無代価の十字架の救いの祝福を受けることである。だが生きた真の信仰は、人生のすべてを主イエスに委ねることに続く。「もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです」は、ひとりパウロだけのものではない。クリスチャンすべての心境でもある(ガラテヤ2:20)。

《民は異教徒との婚姻を否定した》 

民は、まず人との交友関係の整理から始めた。異教徒の異性がいかに人格的に優れ、魅力的で能力があったとしても、いやあるからこそ、その影響下で信仰が蝕まれること大である。エズラ、ネヘミヤたちは、律法の字面に拘泥しない。聖書のは、夫婦や家族の関係がどんなに深い影響を相互に与えるかを考えれば、結婚相手や親族の異教的世俗的考え方の浸透が信仰を変質させてしまう危険を避けよという教えでいる。私たちにも、交友関係の信仰的再点検と整備が必要だ。信仰を深める友との交わりを深めよう。

《民は安息日の厳守を誓った》 

人との関係の次に、神礼拝を優先させる時間の使用法である。神の下さった6日間に満足せず、7日目の神の時間まで搾取して己の用に使用しようとする。その時、あなたの神はあなたの中で小さくなる。やがてはあなたの中から、神に提供する時を奪い、信仰も消えて行く。場所も、時間も、優先順位も、先ずは神を第一に、神に明け渡して、祝福を願い、導きと助けをいただいて歩もう。

《民は宮への供え物を約束した》 

民は、具体的な、極めてはっきりと、自分たちの果たすべき責務を、文字にして掲げた。確かに信仰は心から始まる。だが心は行動で表現されるものだ。神のみ旨を知りながら、口実を設けては一向に従おう、実践しようとしないままでは、信仰とは言えない。収入の十分の一をささげる。奉仕に忠実に参加する。そんな初歩的な行動もせずに、宮への供え物を削る信仰に、どうして神の祝福を期待できるであろうか。
私たちの教会の、教会契約にもう一度戻って、契約を更新しよう。

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