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2012/04/24

4月22日メッセージ「主よ、祈りを教えてください」

わたしは、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれであっても、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。                 ルカ福音書11:9~10(5~13)

 ルカはイエスの祈りに着目し、いかにイエスが祈りの人であったかを多く記している。いつもひとり寂しいところで父なる神の御前に祈りをささげておられた。時には夜を明かして祈ることもあった(6:12)。今朝は弟子たちのように、「祈りを教えてください」との心をもって主が教えてくださる祈りから以下のことを学ぼう。

《祈りの内容》

2節から始まる祈りの内容は、マタイ6章にも記されている有名な『主の祈り』である。まず、天におられる父なる神の御名が崇められるように祈りなさいと教えられている。クリスチャンの祈りの特徴は、一般の「家内安全商売繁盛」と言われるような御利益中心の自分の欲や利益を求めるのではなく、天地万物の創造主である神の御名が崇められるようにと祈るところにある。神の聖い御名がこの世界において広く知れわたり大きくされるようにと祈るのだ。使徒パウロが「飲むにも食べるにも、また何をするにもただ神の栄光を現わすためにしなさい」と教えているように、クリスチャンの日々の生活を通して、ただ神にのみ栄光を帰すことを願い祈ること教えておられる(Ⅰコリント10:31)。また、日毎の糧を今日も与えて、すべての罪や過ちをキリストの十字架の死と復活のゆえに赦して下さる神のご意思を仰ぎながら歩むことができるように祈るのである。祈りは神への信仰の告白である。各自今一度祈りに向き合う必要があるのではないだろうか。

《祈りの姿勢》

続く例えでイエスは弟子たちに祈りに求められる姿勢について教えている。ある人が、旅の途中に突然訪ねてきた友人に食べさせるパンがなく、真夜中に近所の友達のところへ出向いてしきりに融通してくれるように願う。それで一度は断った友達も、彼の恥をも忘れた直向な求めの姿勢には応じてくれるという。彼は何とか食べ物を提供したかったが持っていなかったので、それが手に入るまでは何と思われようとも諦めずに求め続けることをやめなかったのである。この例えに学ぶことは3つ。まず要望を聞いてくれるであろう「友人」に求めている点、次に「パンを3つ」と具体的に求めている点、最後に「あきらめない」という点だ。神は私たちの祈りを聞いていてくださる。神が聞いて下さるなら必ずこたえられると何としてでも訴え続けよう。「求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれる」との約束がある。

《祈りの応え》

地上の父がそうなら、なおのこと天の父なる神が求める者すべてに最善を与えてくださらないはずがあるだろうか。神は求める者すべてに最善の時に最善のものを与えたいと思っておられる。クリスチャンにとって最善とは何か。神のみこころを知り神のみこころに生きることではないか。そのために必要なのは、「聖霊」である。聖霊は神のみこころを知らせ、神を喜ばせる歩みができるようにクリスチャン一人ひとりを助け導いてくださる。祈りが聞かれているのか、祈りの答えが祈った通りでなかったとしても、それを神のみこころを受けとめ感謝できるようにしてくれるのもただただ聖霊の働きによる。日々の祈りにおいてこの主が教えてくださった祈りを実践していこう。イエスの祈りに倣いながら(ルカ22:42)。

(谷井涙賀伝道師記)

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