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2012/07/30

7月29日メッセージ「教会は、主キリストのご支配の下に」

私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。         Ⅰコリント15:9、10(1~10)

これまで、平安、喜びと感謝、慰め、キリストにある愛、癒しや慰め、絶望と嘆きなど、教会の特徴や役割について語ってきた。それらは、人々の切望するものだが、現在社会はそれらを提供できない。それらの恵みは、教会が神から託されているものだ。私たちはこの社会に、神の愛と平安、慰めまた希望を告げる教会を形成するために、ここに召し集められている(エペソ4:11~16)。

《教会はキリストの支配下にある》

 バプテスト教会は、教会員全員の意向を汲んで教会運営を進める民主制を採用している。でも信徒の意見を大事にすることが目的ではなく、内住の聖霊によってキリストのみ旨を各人が確認して教会の方向を決めるためである。教会運営は、民主制デモクラシィ(民衆支配)ではなく、クリストクラシィ(キリスト支配)である。キリストに支配されてこそ、教会は神の恵みの器として用いられる。私たちの教会を常にキリストに支配に委ねよう。自分たちの好き嫌いの選択を退け、キリストの意向に常に聞き従う。たとえ自分たちの意に適わなくとも、「主がお望みであれば。」と受け入れる。今私たちの中にキリストがおられるか否かを自己吟味し、教会に仕えることが大事だ(Ⅱコリント13:5)。また教会の方針や秩序を無視した気まぐれな個人的な奉仕は、教会形成を損なう。教会の一員としての自覚と誇りをもって、謙虚に仕えよう。

《教会は説教を神の言葉として聞く》 

キリストのみ旨は聖書に明示されており、その中心は十字架の福音だ。それは説教を通して教会に告げ知らされる。パウロはテサロニケの教会がどのように開拓され、形成されたかを記している(Ⅰテサロニケ2:11~13)。説教者のパウロは欠けもある人間で、人の言葉で語った。しかし、人々は聖霊の助けで、キリストを説く説教を神の言葉として聞いたので、「信じているあなたがたのうちに働いて」教会を建て上げることになった。それだけにとどまらない。神の言葉に聞き従うパウロら伝道者の姿勢に、テサロニケの信徒たちも倣った。それで彼らは他の教会の模範となり、「主のことばが・・・響き渡った」という(同1:6~8)。牧師の説教者としての責任は大きく、説教を神からの言葉として聞く信徒の責任も重い。

《教会は各自の賜物によって生きる》

教会は、イエスを主と告白した信徒が召し集められて形成した共同体である。この共同体がキリストの生きたからだとして活動するには、信徒が、神に託されたそれぞれの賜物(カリスマ)をもって参加することが求められる(参照Ⅰコリント12:4~27)。教会には大小の多くの働きが求められる。信徒全員の賜物の提供を、教会は必要としている。今いる兄姉の賜物が十分に活用されて、教会は健全な姿をとる。「みなの益となるために、おのおのに御霊の現われ(賜物)が与えられている」(同7)という原則を忘れずに、この時代に、キリストにある慰め、平安を提供する希望の共同体の建設に尽力しよう(ロマ12:3~17、Ⅰテサロニケ5:11)。

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