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2012/09/01

8月19日メッセージ「クリスチャンは寄留の民」

イエス・キリストの使徒ペテロから、ポント、ガラテヤ、カパドキヤ、アジヤ、ビテニヤに散って寄留している、選ばれた人々、すなわち、父なる神の予知に従い、御霊の聖めによって、イエス・キリストに従うように、またその血の注ぎかけを受けるように選ばれた人々へ。どうか、恵みと平安が、あなたがたの上にますます豊かにされますように。             
Ⅰペテロ1:1~2


この手紙はペテロがローマで、殉教の死の迫るAD62年から64年頃に書かれたと言われる。美しいギリシャ語文体の書簡が、無学のペテロの書とは考えにくい。だがシルワノの代筆とすべき理由もない(5:12参照)。神は、用いようとする者に必要な賜物をお与えになったと理解できよう。

《選ばれた使徒》

ガリラヤ湖の漁師であったペテロは、「わたしについて来なさい」とのイエスの呼びかけに「すぐに網を捨て置いて従った」(マルコ1:17、18)。彼の名はシモンであったが、イエスは「ペテロ(岩)」という名を与えた。彼は「生ける神の子キリストです」(マタイ16:16)と、最も重要な信仰告白をした。だが、そこから何度転び落ちたことか。その告白直後に御子の受難を不要と言い(マタイ16:22)、三度もイエスを裏切り、殉教を予告されると「この人はどうか」と他の弟子のことを持ち出したり、律法主義と妥協するような行動をとってパウロに非難されたりもした。
その彼が、自分を「キリストの使徒」と紹介する。失敗だらけの愚かな自分だが、父なる神の予知(ガラテヤ1:15)と聖霊の聖めにより、使徒に選ばれ守られてきたからにほかならない(ヨハネ10:28,29)。自分の能力や実績によってではない。主のあわれみに深く感謝しつつ、自分を「使徒」と記す。

《離散の寄留民》

使徒とは、キリストの大使として、キリストに遣わされて派遣先に赴く。手紙の受取人の小アジヤに散在する諸教会の信仰者を、ペテロは「散って(離散し)寄留している、選ばれた人々」と呼ぶ。ペテロ同様に、クリスチャンもこの世から選ばれ(引き抜かれ)て神の民とされ、各地に派遣されてしばらく寄留している存在だと言う。この地上の生活をすべてとして埋没してはならない。国籍は天にある(ピリピ3:20)。「この世は橋である。それを渡って行きなさい。しかし、その上に家を造ってはいけない。」との言葉のように、やがて迎えられる神の国への希望をもって、神ならぬ力の支配することにめげずに、誰よりもしっかりした生活をする。私たちは今住む町の市民として、すべてのことに責任を持つが、しかしなお外国人のようにその不自由さを耐え忍ぶ。へブル11:12~16参照。

《キリストの従う民》

選ばれたクリスチャンには、使命が託されている。「イエス・キリストに従うように、血の注ぎを受けるように選ばれ」とある。私たちは「聖霊の聖め」、つまり聖霊の力によって、全面的に神のものとなりきって生きるように、キリストへの信頼と服従に生きるようにと、選ばれたと、ペテロは告げている。キリストの血の注ぎを受けることは、救いを意味するとも、キリストへの信従の契約の血とも理解できる(出エジプト24:8参照)。たぶん、そのどちらをも含んだ言葉であろう。
「恵みと平安が・・・ますます豊かに」とは、困難に満ちた地上の旅を続け、神からの使命を全うするには、二倍四倍の祝福と助けが必要だから、とペテロは祈っている。そして、その祈りは私たちの主の、私たちへの祈りでもあろう。

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