« 神の人に対するあなたの姿勢は | トップページ | 1月27日ニュース »

2013/01/27

1月27日メッセージ「人のいのちの尊厳  (2)」


その後、神である主は、土地のちりで人を形作り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで、人は、生きものとなった。
創世記2章7節

《本質を問わず》

 日本人は、本質的なことは問わずに、その応用面、物事をスムーズに処理し進めることを得意とする傾向があるようだ。「何のために勉強するのか」と聞かれれば「良い大学に入るため」と答え、良い大学に入る理由は「立派な会社に入るため」と答え、「なぜ立派な会社なのか」と聞かれれば「安定した生活が出来るから」と言う。さらに、「安定した生活の何が良いのか」と聞かれれば「安心して結婚し家庭を持てる」と言う。では「何のために結婚するのか」と問われても、ほとんどの人は明確な回答を持っていない。「何のために生きるのか」不明のままに何十年と生き、「死んだらどうなるか」も明確でない中で、意味不明の死を迎える。

《神との交わりの対象に創造された》

 人間の側にはこの重大な問いへの回答はない。どのような意図で人間が創造されたかは、「主はすべてのものを、ご自分の目的のために造り」(箴言16:4)とあるように、神に答えがある。神は人を「われわれのように」と、神の仲間のひとりかの如くに、ご自分に似た像(かたち)に創造なさった。神に神格のあるように、人は人格を有する者に創造された。被造物の管理を命じられ、その委託に応じられる知識と判別力、また決断や行動力を有し、神の指示の下で善悪の判断も可能な存在として造られている。そして「神の息」、つまり神の霊を、鼻から神に吹き込まれて生きる者となり、神との交わりを許された特別の被造物でもある。神という、霊的な存在の語り掛けに応答できる霊的な存在は人間だけで、人間だけが全被造物の中で唯一礼拝をささげることの可能な動物である。神と交わることが出来、神の愛の対象とされているのも、人間だけである。神は、私たちの生命を、ご自分の御子の命と引き替えになさるほどに絶大な価値あるものと扱っておれる(ヨハネ3:16、エペソ1:4~11)。

《神との交わりを必要とする》 

人もまた神との交わりを通して、助けと導きを必要としている。人間を意味する旧約の代表的な用語は「魂ネヘシュ」は、元来「喉」を表し、飢え渇き、渇仰を意味した(イザヤ5:14、箴言28:25)。そして霊的な意味では神への渇望を抱く人間の姿を表現している(詩42:1~2、5)。また「肉バーサル」は、やがては土に帰るはかなく脆い人間を表現している。弱く脆いゆえに、ひとりでは立つことも出来ない存在だ。だからこそ、神により頼むなら、神はバーサルの人間をお支え下さる。「私は神に信頼し、何も恐れません。肉なる者が、私に何をなしえましょう。」(詩56:4)。人が肉に過ぎないことを自覚し、神により頼むなら恐れる必要はない(歴代誌Ⅱ32:7、8)。このように、聖書の人間は神の満たしと助けとを必要とする存在であり、神からの独立などを夢想して家出をしてはならない。常に、神との交わりの中にわが身を保とう。神は、御子キリストによって、私たちが神の前に立って交わりを再開できるように道を開いて下さったのだから(ロマ5:1)。

|

« 神の人に対するあなたの姿勢は | トップページ | 1月27日ニュース »

礼拝説教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543924/56640026

この記事へのトラックバック一覧です: 1月27日メッセージ「人のいのちの尊厳  (2)」:

« 神の人に対するあなたの姿勢は | トップページ | 1月27日ニュース »