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2013/03/03

3月3日メッセージ「神ご自身の血をもって買い取られた教会」

あなたがたは自分自身と群れの全体とに気を配りなさい。聖霊は、神がご自身の血をもって買い取られた神の教会を牧させるために、あなたがたを群れの監督にお立てになったのです。                 
使徒の働き20:28

「私たちは、聖霊に導かれて、主イエス・キリストを信じ、バプテスマを受け、今、神とこの会衆の前において、最も厳粛にかつ喜びつつキリストに在る一つの体として、相互に契約を結びます。私たちは聖霊の助けによって次のことを約束します。」
(船橋聖書バプテスト教会の教会契約序文)


《教会の大切さ》

 使徒パウロは、キリストの血、いや神の血は教会のために流されたのだと述べている。もちろん十字架を信じるすべてのクリスチャンのためであるが、そのクリスチャンは教会として存在していることをパウロは前提として語っている。主キリストは、ご自分とクリスチャンとの関係を、羊飼いと羊たち(ヨハネ10:1~15)、葡萄の木(幹)とその枝に譬えておられる(ヨハネ15:1~6)。羊は群れで、葡萄は一房に多くの粒を、しかも枝々に沢山の房をつける。つまりクリスチャンは一人ぼっちではなく、多くの兄弟姉妹という仲間と共に存在することが前提に考えられている。葡萄の木は、決して見栄えの良い、太く逞しい幹ではない。ねじれ曲がってゴツゴツし、やせて枯れているかに見えるが、その枝は予想を超える広がりを持つ。これがキリストとクリスチャンの関係を示している。「結婚は夫によって、また妻によって創り出されるものではなく、逆に夫と妻とが結婚によって創られるのだ」(ピカード「ゆるぎない結婚」)という言葉は、教会にも当てはまる。クリスチャンが教会を形成するのではなく、教会に加わることによって信仰者として成長し本物に整えられて行く。

《教会につながる》 

葡萄の枝が幹につながるように、聖霊の導きによって、私たちはキリストを信じバプテスマを受けて、キリストに繋がる。パウロは、イスラエルの民が紅海を渡って一つの民(集会)となってカナンに向かった故事を例にして、「私たちはみな、ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、一つのからだとなるように、一つの御霊によってバプテスマを受け、そしてすべての者が一つの御霊を飲む者とされたからです」(Ⅰコリント12:13)と語っている。教会は、主に委託されたバプテスマと主の晩餐を通して主イエスキリストを見させ(ルカ24:30参照)、礼拝と交わり、教育と宣教の奉仕などを通して訓練を施し、成長を促す。私たちバプテストの先輩たちは、「この杯は、わたしの血による新しい契約です」(Ⅰコリント11:25)などから、教会は、教会の主キリストへの信徒の契約に加わることだと理解して加入したのであった。これをドイツの神学者E.トレルチは、バプテストの最も本質的な特色だと評している。私たちも、「神とこの会衆の前において、最も厳粛にかつ喜びつつキリストに在る一つの体として、相互に契約を結びます」と誓ったことを改めて確認し、教会生活を互いに大切にしたいものだ。すべてに優先して、喜んで自発的に、約束を実行しますとの誓いにほかならない。

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