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2013/04/29

4月28日「福音を伝える務め」

私は、ギリシャ人にも未開人にも、知識のある人にも知識のない人にも、返さなければならない負債を負っています。ですから、私としては、どうしてもローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を伝えたいのです。
ローマ人への手紙1:14、15


《私たちの最大の働き》 

キリストの愛に触れ、己の罪の深さと恐ろしさに気づき、救いの恵みを知った時、人は神への感謝とキリストのみ心への関心に囚われ、周囲の人々への責任と愛を覚える。自己保身と利己的な願望を満たすことだけに生きてきた、利己的な古き人と決別する。それがクリスチャンの姿だ。「キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。」(Ⅰヨハネ3:16)。そして隣人に仕える最大の働きは、隣人に天国への道を紹介することで、それに勝る奉仕はない。主イエスはも、ご自分の命を投げ出し、私たちに天国への道を開いてくださった。私たちはそれを信じて救われ、それを伝えることによって愛する方々を天国に向かわせることとなる。今、宣教への熱意と犠牲への思いの有無を、自分自身に問うて見よう。滅び行く多くの人々への同情と神の救いを伝える責任に心を乱されない現状は、私たちの信仰にたるみが生じ、病んでいる印だ。救霊宣教への関心の有無は、クリスチャンの正常性をテストするリトマス試験紙である。

《天の大いなる喜び》 

神が喜ばれることは、多くの人がキリストを信じて救いに与ることだ。イエスは「ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです」(ルカ15:7、参照10、32)と言われた。クリスチャンの最高の喜びは、愛する人がキリストの救いに与ることだ。牧師として、愛兄姉が救霊の喜びを体験することをぜひ勧めたい。愛する方に福音を伝え、信じるに至る経緯は、決して容易なものではない。だが福音に耳を貸そうとせず、教会に足を運んでくれない者に、働きかけ続けて長い年月を信じて待つ。その方がキリストの救いを受けた感動は、あのカナの婚礼の時の「水を汲んだ手伝いの者たちは知っていた」(ヨハネ3:9)とある、労した者だけが味わえる喜びであり、天の大いなる喜びにつながる。

《主の最も願うこと》 

さらに、主イエスは、「さあ、近くの別の村里へ行こう。そこにも福音を知らせよう。わたしは、そのために出て来たのだから」(マルコ1:38)と言われた。宣教こそが、主イエスの地上での使命であり、主の教会の役目でもある。パウロは福音宣教を「返さなければならない負債」と称しているが、それはパウロ個人に限っての責務、あるいは彼の勝手な思い込みなのか。主の世界宣教の大命令を本気で受け止めるなら、パウロと一緒に「もし、福音を伝えなかったら、私はわざわいに会います」(Ⅰコリント9:16)と言わざるを得ない。福音宣教は「してもよいし、しなくともよい」ではない。しなければわざわい、返さなければならない借金なのだ。しかも、それは、キリストの尊い血による恵みへの招待であり、永遠のいのちと希望への招きである。

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