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2013/05/26

5月26日メッセージ「世にあって思慮深く歩む」

あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。また、あかりをつけて、それを枡の下に置く者はありません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいる人々全部を照らします。このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。             
マタイ福音書5:14~16

主イエスは、この聖句で、世の光として周囲に証しするようにと、私たちに命じられた。私たちは、教会契約第4項「この世にあって」の前半で、「私たちは、この世にあって思慮深く歩み、行為を正しくし、約束を忠実に果たし、品行においては模範的となり、すべての無駄口・悪口・不当な怒りを避け」る、と約束した。

《思慮深く歩み》 

信仰者の思慮とは、「主を恐れることは、知恵の初め。これを行なう人はみな、良い明察を得る」(詩篇111:10)とあるように、何よりも神の意向に従って物事を判断し行動しようとする姿勢を指す。イエスのたとえで、花嫁に付き添う10人の中の5人の娘たちは、到着の遅れた花婿を迎えるにも十分な油を備えて待ち、「思慮深い娘」と評価されている(マタイ25:1~)。それは「神の国とその義とをまず第一に求め」て歩むことで(同6:33)、世の知者の判断基準と違う。すべてのことを信仰の視点で考慮し行動することが求められている。

《約束を忠実に果たし》 

神は、約束されたことを誠実に果たされる方で(申命記7:9、Ⅰテサロニケ5:24)、契約を守ることは私たちへの愛でもある(エレミヤ31:3)。神の真実は、私たちが唯一信頼できるとりでである(詩篇91:4)。私たちもまた、契約の民として、謙遜で誠実であることが求められている(Ⅱコリント1:12、ミカ6:8)。真実のみを語り、家族や隣人また教会での約束ごとを誠実に守ろう(エペソ4:25)。先ずはこの、神と教会員相互で約束した教会契約を、再読し誠実に守る努力を始めよう。初心に立ち返り、集会を忠実に守り、奉仕に励み、兄姉への愛を深め、神の民らしい証しを実践して行こう。

《無駄口や悪口、不当な怒りを避け》 

主イエスは今見ることはできない。だがキリストの身体である教会は人の目に見える。人々は教会を見て、キリスト教がいかなるものか判断する。私たちの日頃の生活、言動、品行が、キリストを証ししている(Ⅰペテロ2:12)。口は人の心にあることを表現する器官だが、私たちの言葉の多くは、無駄口であり悪口、不平、批判の類だ。愚痴や人への中傷となると、普段口数の少ない人も雄弁となり、体力のない病人でも興奮して力む。ほんの一口ですむこと、いや言わない方がいいことを何度も繰り返す。福音を証し神を賛美するという大事な口の役目を放棄し、貴重な時間を浪費する(参考ヤコブ3:8~10)。また「怒り、憤り、悪意、そしり、あなたがたの口から出る恥ずべきことばを、捨ててしまいなさい」(コロサイ3:8)とも命じられているが、家族や隣人に怒りや不満また悪意を抱きやすい。一家の家長たる夫に、怒りはふさわしくない(Ⅰテモテ2:8)。怒るのに遅れ、それも少なくありたい(ヤコブ1:19、20)。私たちの主イエスは、ご自分にふさわしい良い業に熱心な民を望んでおられるのだから(テトス2:14)。

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