« 神を差し置いても大事な人や事物はない | トップページ | 7月14日ニュース »

2013/07/16

7月14日メッセージ「聖書が教える夫婦の姿」

妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、自分の夫に従いなさい。なぜなら、キリストは教会のかしらであって、ご自身がそのからだの救い主であられるように、夫は妻のかしらであるからです。・・・夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。
エペソ5章22、25節(15~33)

聖書は今を「悪い時代」(16節)と呼んでいる。無原則な男女の交際が日常化し、性的乱れや家庭の崩壊も当たり前になっている。時々刻々と悪の誘惑を受ける中で、今の瞬間を大事にし、神のみ旨に従った決断と行動をとるような、「賢い人」となれと勧められている(15~17節)。今朝は、夫婦関係に焦点を合わせて学ぼう。

《結婚は創造の秩序として》 

結婚は、肉体的満足、子の出産と養育、生活安定、社会の秩序等に役立つというので人が決めた制度ではない。神は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう」と、「人をご自身のかたちに創造され」、「人が、ひとりでいることは良くない」として、当初から「男と女とに彼らを創造され」、「男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となる」結婚制度を定められたのである(創世記1:26、27、2:18、24)。結婚は、天地創造の当初からお定めになった制度である。ここで夫婦の関係をキリストと教会の関係で譬えていることから、その教理が理解できて初めて結婚も理解可能な制度だとも言える。

《結婚は父母を離れて一体に》 

「神のかたち」に創造された人間は、神の本質を反映し、創造性、主体性、独自性を持つ人格的な存在として生きることを求める。夫婦間でも、それぞれが独自性や主体性を主張する。だが夫婦が一体となるには、異質の相手の理解に努め、相手の考えや主張を尊重し、愛と尊敬と信頼をもって仕え合うことが求められる。互いが、自分の考えや感情に相手も同意してくれることを要求するので、一体となることは容易ではない。先ずは、これまで保護してくれた親を離れし自立し、親以上に信頼できる神に自分を委ねるところに一体化の秘訣がある。人は人格の自立を認められないと満足できないが、矛盾するようだが、他の自立した人格の間に一体化の親しい交わりをも希求する。それは、神が、父と子と聖霊の三人格を有しながら絶対的な信頼と愛で結ばれ完全な一体であるように、夫婦も、男女独立した二人だが、一体を求めることと同じだ。ここに夫婦の目標があり、相互の成長がある。

《妻は夫に仕え、夫は妻を愛して》 

夫婦に人間としての上下はない。だが共同体が秩序を必要とするように、夫婦関係にも男女の特性を生かせる一定の秩序が必要だ。聖書は、それを妻が夫に仕えることという。但し「主に従うように、キリストに従うように、妻も」とはあるが、妻に「従え」という動詞が直接に使用されていない表現は面白い。あくまでも「信仰によって」が前提なのだろう。しかも「すべてのことにおいて」(5:24)である。そして夫は、忍耐と犠牲をもってキリストが教会を愛されたように、全力を挙げて「自分の妻を愛しなさい」(25節)と、夫には動詞を用いて命じている。夫たるものの責任は重い。33節を夫婦して噛み締めて味わおう。

|

« 神を差し置いても大事な人や事物はない | トップページ | 7月14日ニュース »

礼拝説教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543924/57803708

この記事へのトラックバック一覧です: 7月14日メッセージ「聖書が教える夫婦の姿」:

« 神を差し置いても大事な人や事物はない | トップページ | 7月14日ニュース »