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2013/07/07

7月7日メッセージ「私たちは神に仕えるために生かされている」

あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現わしなさい。
Ⅰコリント6章19、20節

《信仰は私のすべてに関わる》 

聖書の神は、人間の願望を満たすための従者ではない。むしろ人間が創造主の神に仕えるようにと、キリストによる救いをお与えくださった。人間を滅びと呪いの中から、愛をもって救出してくださった神は、救出された人間に大切な使命を託し、交わりと祝福の中に生きるように配慮してくださった。キリストの福音は、「あなたがたも私たちと交わりを持つようになるため」(Ⅰヨハネ1:3)のもので、三位の神と愛の交わりの中に、私たちを迎え入れるものなのである。そこで私たちは、父を「アバ父」と呼び、神の子としての新たな人生に踏み出すのである(ロマ8:15)。もちろん、信仰は私たちの生活の一部分に限定されるものではない。「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです」(ガラテヤ2:20)とあるように、私たちは、生死をも含めた自分に関わるすべてのことをキリストの意向に沿って判断し、選択する。神が私のすべてに関わってくださるという祝福の中に生かされているので、それらの選択と行動とは、私たちには喜ばしいことなのだ。

《先ず信仰は教会生活の中で》

主イエスへの信仰は、具体的には、信仰告白とバプテスマによる教会加入で表明される。「あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです」(エペソ2:19)とあるように、私たちは救い主キリストに生涯を委ね、仕えて行くことを誓う。さらにこの教会の中で、神の家族として交わりを通して、私たちは与え受け取り、仕え仕えられ、愛し愛されることを学んで行く。クリスチャンとしての成長において、キリストに自分をささげて行くことと、神の家族である他のクリスチャンに自分をささげ委ねて行くことの二点は、極めて重要なことだ。教会はキリストの身体、花嫁とも言われ(エペソ1:23、Ⅱコリント11:2)、キリストの身体にふさわしい一致と清純な姿が求められ、それはキリストと教会への献身によって初めて実現される(エペソ4:16、5:24~27)。教会の主に、素晴らしい教会に整えてささげよう。

《次いで信仰は社会生活の中で》

私たちの使命は、私たちをお救い下さった偉大な神の力と恵みを、世に証しすることだ。「あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい」(マタイ5:16)。全くの愚かで罪深く、卑怯で怠惰な自分に、人に見せるような良い行いはない。ただ、そんな自分に神がくださった救いと助けは証し出来る。自分がクリスチャンであると知られることを恐れず、真剣に自分の罪と戦いに乗り出そう。互いに励まし合いながら、信仰者としての成長し続けたいものだ(エペソ4:1~3、5:1~8)。人が歓迎するのは、能力と賢さを持つ人でも高潔な人でもない。威張らず謙遜で、思いやりと親切心を持つ、安心して話せる人である。

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