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2013/10/06

10月6日メッセージ「神の国が始った」

ヨハネが捕えられて後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べて言われた。「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい。」
マルコ福音書1:14~15(1:9~15)


先駆者バプテスマのヨハネは、預言の通りに登場し、救い主を迎えるために、人々に罪の悔い改めを迫り、バプテスマを授けた。多くの人々と共に、イエスが来られ、バプテスマを受けられた。そして、誘惑に会われた後、福音を伝え始められた。

《イエスはバプテスマを受けられた》

 自分の罪を告白し、罪の許しを願ってバプテスマを受けようと、国中からヨハネのもとに来た人々に混じって、イエスもバプテスマをお受けになった。それは罪なき方が、罪の許しを必要とする私たち人間の側に身を置いてくださった重大事を意味する。「神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。」(Ⅱコリント5:21)とあるが、イエスもすでにそうなさっておられた。その結果、彼を信じてバプテスマを受けた私たちは、彼の仲間とされている。「あなたがたはみな、キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子どもです。バプテスマを受けてキリストにつく者とされたあなたがたはみな、キリストをその身に着たのです。」(ガラテヤ3:26~27、参照ロマ6:3)。

《天が裂けて御霊が鳩のように下られた》 

すると、「(イエスは)天が今裂けつつあるのをご覧になった」(10節の私訳)。神に逆らい罪に縛られている暗黒の世界に、神のいます天の扉が徐々に開かれ、その光が射し始めるような情景だ。イエスは、後に弟子たちにそう話された。これは沈黙されていた神が、民の願いに応えて救済の業を開始される預言の成就だ(イザヤ64:1~65:2、17)。また天から「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ」との声があった。イザヤ書42:1~4、53:12に預言されているように、イエスは、ご自身を神にささげ、王として君臨することを許され、罪人が滅ぼされることのないように自ら僕となって仕える道を進もうとされる。その主イエスを、神は祝福され、御霊を注がれた。三位一体の神の人類救済の働きが開始される。「御霊が鳩のように下られた」は、天地創造の際に「神の霊は水の上を動いていた」(創世記1:2)やノアの大洪水が終わる頃、鳩がオリーブの若葉をくわえて帰った記事(同8:11)を思わせる。二つとも世界の創造開始である。イエスの統治される新しい世界、神の国の開始を告げている。

《聖霊によって荒野に追放される》 

聖書は続いて、聖霊がイエスを荒野に追いやり、サタンの誘惑を受けるようにされたと記している。聖霊がサタンの活動にまるで協力しているかに思えるが、断じてそうではない。依然として神が、聖霊が、そしてイエスが主導権を握っておられる。イエスは誘惑をお受けになって、「私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。」(ヘブル4:15)と宣言される。「野の獣」も、イザヤ11:6~9の成就を思わせる。

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