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2014/01/20

1月19日メッセージ「神のぶどう園で働こう 3」

なぜ、一日中仕事もしないでここにいるのですか。・・・あなたがたも、ぶどう園に行きなさい。
マタイ20:6、7(1~16)


私たちは今、キリストの救いに与かってキリスト者となって、このぶどう園に雇われて働くことになった労務者であることを意味する。では、「なぜ仕事もしないでいるのか」と問われた未信者の時代と、キリスト者になった今は違った生活になっていると言えるだろうか。ぶどう園の労務者の立場や職務を考えて見よう。

《私たちの働く場所》 

私たちの立場は、キリストを信じた結果一変している。職場や住まい、能力や趣味が変わったわけではない。だが、私たちは今、神の子どもという身分にある(ガラテヤ3:26)。そして、「あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です。」とある(Ⅰペテロ2:9、10)。

《私たちの働き方》

 私たちは、神の国の市民としての新しい生き方を始める。不信者は己の願望の実現のために生きようとするが、キリスト者は神のみ心のために生きようとする(Ⅰペテロ4:2~4)。私たちの王、主キリストは、恵みをもって保護と導きを与え、罪にではなく、神のみ心に沿った義の実現を願う働き人として私たちを用いられる(ロマ5:21、6:17~19)。私たちは先ず、新しい王キリストを、心と生活の中心に迎えよう。そして改めて忠誠を誓おう。バプテスマをもって古い自分は死んだ。今はキリストのために生かされている自分であることを忘れてはならない(ロマ6:3~8)。キリスト者は、自分の都合のために神の好意を得て助けてもらうために生きているのではない。神を用いるような、ご利益を目当てに生きる者では断じてない。キリスト者は皆、キリストのために召され、キリストに仕えるために生きている献身者であることを、パウロの言葉で自覚していよう(ガラテヤ2:20)。

《私たちに託された仕事》

 私たちの王キリストは、この地上の第一の仕事とされたのは、「人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」(マルコ10:45)と言われた。人々の救い、罪とその呪いから人を解放し、神の恵みの中に生きるようにしようと、地上での生涯をささげられた。教会はそのご意志を継承して実践するために、地上に残されたキリストのからだである。改めてキリストが教会に託された大命令を復唱しよう(マタイ28:18~20)。この福音宣教の実践のために、教会はそのすべてを用いて証し、光を掲げ、財と身を奉げる。これが私たちぶどう園で働く者の務めである。キリストの残された苦しみの一端を担おう(コロサイ1:24)。

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