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2014/05/25

5月25日メッセージ「問題は内にあるが」

人から出るもの、これが、人を汚すのです。内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであり、これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。
マルコ福音書7:20~23(14~23)


《外からは問題ではない》

 ユダヤ人たちは、自分たちを異教徒たちと違う神の民として保つため、先祖からの言い伝えや伝統に沿って生活していた。食事の際に手を洗って清めるのもその一つであった。だが手を洗って世の穢れが食べ物と一緒に口から腹に入らないようにすれば、神の前にふさわしい人間だと言えるのだろうか。そうではない、問題は人の内側、心にある。イエスは「外側から人にはいって、人を汚すことのできる物は何もありません」(15節)と言われた。私たちは、問題は自分の周囲にあると考える。外部から押し迫り侵入して来るものが、自分を苦しめ悩ませるのだと勘違いしている。置かれた環境や周囲が、私たちの万事を左右するものではない。内側が解決されれば、「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう」(ロマ8:31)と言い得る。万事を外側の問題とすべきではない。

《人から出るものが問題だ》 

問題を醸し出すのは人の心だ、とイエスは言われる。心も、努力し鍛練すれば改良できるというものではない。「人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう」と預言者エレミヤも嘆いている(17:9)。その陰険な心から出て来る言動のリストを、「悪い考え、不品行、盗み、殺人、 姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさ」と、イエスは示された(ガラテヤ5:19~21参照)。善を欲し、善い言葉を語ればよいという単純な問題ではない。善を欲しても、結局は悪に負け、悪しき思いを抱いてしまう。人の成功を聞いても素直に喜べず、かえって嫉妬しケチをつけたくなる。それらが人の言動のすべてに滲み出て来る。これが私たちの、逃れようがない惨めな現実である(ロマ7:18~21)。これに目をつぶってはならない。

《問題解決はキリストにある》 
そのような絶望的な実情を告げられたイエスは、そこから私たちを解放し救出するために、この世にお出でになった(10:45)。この人間の惨めな現状を告白したパウロは、「私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します・・・今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです」(ロマ7:24~8:2)と喜んでいる。罪と死の原理(法則)から私たちを解放し、ご愛の中に生かそうと招いておられる神の救いを、感謝して信じ、いただこうではないか。聖霊のお力によって、私たちは新たにされ(Ⅱコリント5:17)、新しい実を結ぶことが出来るのだから(ガラテヤ5:22、23、エペソ4:31)。

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