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2014/06/15

6月15日メッセージ「光を高く掲げよう」

あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。また、あかりをつけて、それを枡の下に置く者はありません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいる人々全部を照らします。このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。  
マタイ5:14~16


《私たちは何者か》 

「御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます」(Ⅰヨハネ1:7)とあるように、キリスト者の私たちは、罪のすべてを赦され、「主イエス・キリストにある永遠のいのち」(ロマ6:23)をいただき、「あなたがたはみな、キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子ども」(ガラテヤ3:26)である。さらに神は、私たちにそのような救いと祝福を与えるために、ご自分の御子を犠牲になさった。それほどに、神は私たちを大切な存在として愛してくださっている。しかも、その神は、天地の創造主、万物の支配者だ。私たちは何と恵まれた境遇に置かれていることか。私たちは、パウロの「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう」(ロマ8:31)との言葉に同意して喜ぶ。
私たちは、このような恵みに生かされているのは、その喜びのいのちを、この世界に光として輝かすためである。この世界は、希望なく、進むべき道も知らず、頼るものを持たない。教会は人々に福音を指し示す「世の光」となれ、とキリストに命じられている。私たちは世に希望の救いがあることを告げ知らせる灯火だ。腐敗と絶望の世に、いのちの味わいの愛の手を供する地の塩である。世の光でもあるならば、自分を枡の下に置いたままであってはならない。

《大いなる犠牲を覚悟して》 

すべてのキリスト者に、「あなたがたの光を人々の前で輝かせ・・・天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい」と命じられている。福音の証という偉大な課題は、「来て、見てください。私のしたこと(罪深い行状)全部を私に言った人がいるのです。この方がキリストなのでしょうか。」(ヨハネ4:29)と言ったサマリヤの女のように正直であるなら誰でもできる。ただ、いい加減な信仰や奉仕の姿勢は神に用いられず、人々の心に感動を与えることもなく、神がほめたたえられることもない。私たちの真剣な取り組みを必要とする。無力で愚かな私たちをも、信仰をもって最善にささげるなら、あのレプタ二枚の献金のように、神は信仰の故に大きくお用い下さるだろう。
だが、片手間の態度で、時間が余ったからとか、旅行や趣味外食に要する経費にも満たないささげもので、神を崇めることが出来るだろうか。神が御子のいのちをもってお救いくださったと告白しながら、その神に犠牲を払ってでも何とかして仕えようとしていないなら、誰がその告白を信じてくれるだろうか。世の光として、人々の救いのために、神の栄光のために、それが本当に大事とするなら、それを人生の中心に据えて、本気でこの事業に携わる姿勢をキリスト者は示すべきだ。すべては滅びて行く世にあって、永遠に人々を生かす真理の光を、より高く、より強く、より遠くまで輝かせ続けよう。この高貴な使命達成のために、自らをその燃える油としてささげる献身者を、神は求めておられる。

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