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2014/11/18

不信の世にあっても神を忘れず信仰を守り通そう

バビロンの川のほとり、そこで、私たちはすわり、シオンを思い出して泣いた。その柳の木々に私たちは立琴を掛けた。それは、私たちを捕え移した者たちが、そこで、私たちに歌を求め、私たちを苦しめる者たちが、興を求めて、「シオンの歌を一つ歌え。」と言ったからだ。 詩篇137:1~3
 紀元前587年、エルサレムは廃墟と化し、ユダヤの民は遠くバビロンの都近くに捕囚の民として移住させられた。ユーフラテス川の川辺で、流れを遠く遡りさらにそのはるか南の故国を偲び、詩人は竪琴を奏でて涙していた。  その音を耳にしたバビロン人らが、歌を所望して来た。だが、母親の腕から幼児を奪い岩に叩き付けるような暴虐を働いた彼らに、どうして賛美の歌を奏でて余興とすることが出来ようか。  異教の世界で、程度の差はあるが私たちも時としてそんな扱いを受ける。しかし、詩人とともに、神を忘れず、教会生活を守り、信仰を通そう。

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