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2014/12/13

言い訳の理由があろうとも

そこでピラトは、そのとき、イエスを、十字架につけるため彼らに引き渡した。 ヨハネ19:16
 民の死罪の可否を決めるローマ総督ピラトは、「こういうわけで、ピラトはイエスを釈放しようと努力した。」(12節)と聖書に記されているほど、イエスの無罪を確信し、彼を釈放しようと努力した。彼は十字架刑を主張するユダヤ人の魂胆をも承知していたが、結局、自己保身のために、「イエスを、十字架につけるため彼らに引き渡した」のであった。  イエスに対する彼の好意的な言動と、釈放の努力に同情の余地はあったとしても、彼の最終的な判決はイエスへの十字架刑であり、その責任は免れない。私たちが選択して下した決定と行動は、周囲の状況がどのようなものであろうと、私の責任だ。  今の私の立場は誰の責任でもない、自分の選択した結果だと認めず、誰かの責任だとか状況のせいにする人は、まだ責任を取れない子供だとしか言えない。

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