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2014/12/29

犠牲を惜しみ自己保身に汲々とする信仰を恥じて

異邦人とユダヤ人が彼らの指導者たちといっしょになって、使徒たちをはずかしめて、石打ちにしようと企てたとき、ふたりはそれを知って、ルカオニヤの町であるルステラとデルベ、およびその付近の地方に難を避け、そこで福音の宣教を続けた。 使徒14:5~7
 初代教会の福音宣教への熱心さを、このバルナバとパウロの行動で教えられる。宣教妨害は非難と侮辱だけに止まらず、パウロたちを殺害しようとの企てにまで及んだ。  使徒たちは別の町に難を避けたが、逃げたのではない。避難先の町にも福音を広めるためであった。身に危険が及ぶからと逃げ回らず、反対されるからと中断しない。パウロは、「立ち上がって町にはいって行った」(20節)とあるが、そこは彼を石打の刑で殺そうとした人々の町だ。彼の勇気ある信仰と宣教の熱意に圧倒される。  置かれた状況を言い訳に、犠牲を惜しみ自己保身に汲々とする信仰姿勢を恥ずかしく思う。

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