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2015/01/18

1月18日テーマ「神によって新しく生まれる救い」

この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。(ヨハネ1:12、13)
イエス様は、「新しく生まれなければ」救いはないと教えられました。キリストの救いは罪の赦しであり新生です。この箇所から「新しく生まれる」とはどういうことか、共に確かめましょう。

《第一に、ただ神によって新しく造り変えられることです》 

「生む」とは、いのちを分け与えて新しいいのちを送り出すことです。私たちは肉の親から誕生しましたが、罪に支配され神に対しては死んだ(断絶した)親から受け継いだ私たちのいのちは、罪と死に支配されたいのちでした(詩51:5)。
しかし聖書は、神がご自身の子として愛して受け入れられる「神の子ども」とされる特権を、キリストを受け入れた者に、約束しています。この特権は血筋や願いや努力によらず、ただ「神によって生まれる」ことによって与えられます。

《第二に、キリストが自分の内に生きるようになることです》

 「神によって生まれる」とは具体的にどういうことでしょうか。「あなたがたも、自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい」(ロマ6:11)。「死」とは断絶です。生まれつきの人は神とは無関係で、罪と関係して生きていました。恵みをいただいても、自分の益となるかどうかしか考えられない、壊れてしまった関係です。キリストは罪の支配関係を十字架の死によって断ち切って下さいます。さらに罪に勝利し神と共に生きるご自身のいのちを信じる者に分け与えて下さいました。見えない所で、神のいのちが信じる者に与えられたのです。新生は目に見えなくとも、罪から解放され神を愛し、神のことば聖書が理解でき信じ従うことが喜びとなるいのちに生まれかわっている事実が、二千年来の信じた全ての者の偽らざる体験です(ガラ2:20)。

《第三に、自分自身を完全に神に明け渡すことです》

 新生は神の一方的な恵みですが、私たちが意識的に新しいいのちに生きることによって確かになります。成長する中で生きていることを自覚して自分の人生に責任をもって生きるようになるのと似ています。まずイエス様の名(イエス様とその働きと約束と権威)を信じることによってです。次に、イエス様が自分の内に自由に働かれるよう、一切を任せることによってです。私たちはイエス様の働きかけに自分を任せる中で、新しいいのちが広がり成長していくのを体験していくのです。また、イエス様の下さる訓練に信頼して従うことによってです。任せるだけでなく自分も学び訓練し実践していくことが必要です。イエス様は教会にその教育と訓練を任せられました(マタイ28:20)。教会を中心に、聖書を学び、互いに愛し合い仕え合うことを通して、そしてそこで訓練したことを社会においてもあかしし実践することを通して、新しく生まれた聖徒たちは神の子どもとして成長し、神の救いは広がっていきます。

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