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2015/02/14

神の救いは誰にでも近い

主に連なる外国人は言ってはならない。「主はきっと、私をその民から切り離される。」と。宦官も言ってはならない。「ああ、私は枯れ木だ。」と。 イザヤ56:3
 神の選びの民ユダヤ人ではなくとも、去勢し子を産むことの出来ない宦官であろうと、変えようのない我が身を嘆くことはない。  異邦人であろうと神への誠実な信仰をもって仕えるなら、「わたしは彼らを、わたしの聖なる山に連れて行き、わたしの祈りの家で彼らを楽しませる」(7節)、神の戒めを守る宦官には「わたしの家、わたしの城壁のうちで、息子、娘たちにもまさる分け前と名を与え、絶えることのない永遠の名を与える」(5節)と言われる。  変えようのない現実に嘆き諦める必要はない。誠実な信仰をもって神に従う者に、神の救いは近いのだから。

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