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2015/03/22

3月22日 テーマ「救いの土台と祝福の道」

ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストの現われのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。
1ペテロ1:13(10~25)
 ここには、救いを受けた聖徒たちへの「4つの命令」が、その根拠と共に与えられています。それは、迫害は困難をはねのける力強い祝福の宣言と勧めです。

<預言者たちにならい、キリストが来られる恵みを待ち望みなさい(10~13)> 

イスラエルの困難の時代に預言者たちは、罪に対しては神のさばきがあること、悔い改めるなら回復があること、そして後の日に救い主が来られてイスラエルを立て直すことを預言しました。そこに、救い主の生涯と働きについての詳細な預言がちりばめられています。預言者たちは、自分たちに与えられた理解しがたい幻が、後の時代の人々のためであることを知って、厳しい迫害の中で預言を遺しました。彼らに倣って、信仰を受け継ぎ守り通して、福音を伝え、キリストの再臨を待ち望む信仰を、後の世代に伝えていくのです。私たちのあかしも、後の世代の希望となります。無駄になることはありません(1コリ15:58)。

<主は聖なる方であるから、聖なるものとされなさい(14~16)>

 「聖い」とは、神だけに所属し、神にふさわしく神だけのためのものになるという意味です。神は聖いお方で、私たちの罪を赦し聖めるために、御子を下さる程に罪を憎まれ私たちを愛されるお方です。私たちは新しく生まれて、罪を憎み神を喜ぶ者に生まれ変わりました。救われた者にとって、罪から離れ、神に近付く事は「自然なこと、自分らしいこと」なのです。
<神が公正にさばかれるから、恐れかしこんで過ごしなさい(17~21)> 父なる神は、それぞれの思いや行いに従ってさばかれるお方、自分の行ないで義とされる者はひとりもいません。しかし、キリストの尊い血は、私たちを罪の支配から完全に救い出します。「こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません」(ロマ8:1)。また神は、私たちの悲しみや忍耐や労苦を覚えて、報いて下さいます。今の時の「軽い患難」が後の日の「重い栄光」をもたらします。 地上の時は、後の永遠に比べたら「つかの間」です。神を畏れ敬いましょう。

<真理のみことばにより兄弟愛を与えられたから、愛し合いなさい(22~25)> 

イエスを信じた者は、その人自身の身も心も霊もきよめられました。聖徒には、神の愛が注がれています。愛すること、愛し抜くことは大変なことですが、神に愛されている者は、どんな困難にも打ち勝ちます(ロマ5:3~5,8:39)。だから、恐れずに愛し合いましょう。「全き愛は恐れをしめ出します」(1ヨハ4:18)。キリストの福音を信じた者は、偽りのない兄弟愛いただいているから愛し抜きます。1コリント13章にある通り、信頼し抜き、希望を持ち続ける、礼儀正しく行動し、良い係りを守り、悪を受けても乗り越えます。神の救いの絶大な価値はこれだけではありませんが、これだけでも福音を信じる価値があるのではないでしょうか。

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