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2015/03/29

3月29日 テーマ「キリストの死のあかし」

イエスは大声で叫んで、言われた。「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」こう言って、息を引き取られた。       ルカ 23:46(44~49)
イエス・キリストが、十字架の上で死なれた時にどんなであったか箇所は証ししています。一つ一つの記録を通して、イエス・キリストの十字架に心を向けましょう。

<神は、イエス様の死の意味を様々の出来事をもって証しされました>

 暗闇が覆いました(44)。正午から三時まで闇が地を覆います。それは、創造主でもあるイエス様が死なれる事に、父も、全被造物も、悲しみ、喪に伏した事を表わしています。身代わりに死なれる事が、「父のみこころ」(ヨハネ10:18)でしたから、全宇宙は喪に服しました。
神殿の幕が裂けました(45)。年に一度大祭司がいけにえを携えてしか入れなかった至聖所が、キリストによって開かれました。もはや、神の元に近づくのにいけにえは必要なくなりました。悔いた心もってキリストの所に行くならば、だれでも神に受け入れられるようにされたのです(ヨハ14:6,4:24)。
地震が起こりました。それはキリストの死がどれだけ大きな意味をもつ出来事であるかのしるしでした。聖徒が墓からよみがえりました(マタ27:51-53)。それは、いのちを与えるキリストの権威のしるしです。私たちもキリストを受け入れる時、死んでいた「霊」が生き返るのです。

<主は、ご自身の霊を父に委ねられました>

 イエスは大声で叫んで、言われた。「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」こう言って、息を引き取られた。(46)
 イエス様は、どんなに苦しくても父に従われました。どんなに苦しい誘惑にも打ち勝たれたお方だからこそ、私たちを罪から救う事がおできになります。イエス様は、父に従い、自らの意志でいのちを捨てられました。だれもイエス様を殺す事はできません。父からの命令として、従われたから、イエス様は死なれました。「だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父から受けたのです。」(ヨハネ10:18)

<十字架の死は、人々に神への畏れを起こさせました>

 イエス様の死を目撃した時、人々は、自分たちのした事が過ちであった事に気がつかされます。この方が神から遣わされた正しいお方であった事が、改めて示されたのです。 慕う者たちは、ただ側で涙しキリストの最後を見届けるしかありませんでした。しかし彼らの悲しみはやがて喜びに変わります。彼らの目撃は、キリストの復活を証しするために必要だったのです。支配者たちの意に反して、十字架の死は終わりではなく、罪の赦しを与える、キリストの救いの働きの始まりでした。

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