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2015/04/19

4月19日メッセージ「 聖徒の成長の道」

 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。
Ⅰペテロ2:2(1:23~2:12)

使徒ペテロは、一章前半に救いの祝福を確認し、後半には、「主が再び来られるのを待ち望みなさい」「あらゆる行ないにおいて聖なるものとされなさい」「地上の日々を恐れかしこんで過ごしなさい」と三つの命令を記しています。さらにペテロは、私たちが成長しキリストの栄光を証できるように、具体的な勧めを与えます。今日は、祝福の土台となる最初の三つの勧め、誰もが心に留めるべき勧めを見て行きましょう。

《第一に、みことばの乳を慕い求めることです(1:23~2:2)》

 私たちが救われ、新しく生まれたのは、「生ける、いつまでも変わることのない、神のことば」によります。神のことばは、神の全能の力を伴うもので、私たちに永遠のいのちをもたらし、私たちを元気付けます。幼子が乳を慕い求めるようひたすらに、私たちが神の言葉を聞く時、私たちは霊の栄養を十分いただき、成長することができます。神の御子イエス・キリストは私の罪の身代りに十字架で死なれ三日目によみがえられました。この福音の広さ深さ高さをさらに豊かに知るように求めましょう。

《教会に築かれ、礼拝をささげることです(2:3~8)》 

イエス様を信じる時、私たちはすでに主の「いつくしみを味わって」います。罪赦された平安・生ける望み・朽ちない喜び・試練に耐え抜く力をです。さらに着実に成長するために、キリストを土台として建てられている「霊の家」(教会)に結びつくことが必要です。教会の完成こそ救いの目的です。救われたのは、キリストのからだである教会に結びつき、成長して愛の内に完成していくためです。教会に築かれてこそ、キリストの満ち満ちた身丈にまで成長できます。「教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。」(エペソ1:23)

《肉の欲を遠ざけ、りっぱにふるまうことです(2:9~12)》
 

「肉の欲」とは、生まれつきの罪の性質であり、神中心でなく自分中心であることです。私たちもかつて神を知らずそのように歩んで来ました。肉の欲の結末は、神と神のすべての祝福を失なってしまう滅びです。罪から救われた者として、自分中心の習慣を断ち切るのは、神の栄光のため、私たちの幸せのためでもあります。「りっぱにふるまう」とは、常に自分を神の前にに置き、神に対しても人に対しても誠実に仕えて生きることです。その反対が怠惰です。怠惰とは、気分に左右され、気分の良い時にしかやろうとしない事、そうであってはなりません。この世にあっても学びや働きにおいて誠実に全力で当たり、そして主の前にも礼拝の時にも、同じく誠実に全力で当たることです。人の力では不可能です。しかし何事も主に対してなし、主に信頼してめざす時、私たちはパウロのように「恵みによって強く」(2テモ2:1)なることができます。イエス様は、十字架に向かわれる三年半だけでなく幼い時からずっと、神と人とに愛される模範を示してくださいました。

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