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2015/04/29

神は災いを用いて愛されることもある

わたしは異邦の民の中で最も悪い者どもを来させて、彼らの家々を占領させ、有力者たちの高ぶりをくじき、彼らの聖所を汚させよう。 エゼキエル7:24
 愛する民を、神は最悪の事態に至らせる。なぜ救いを求め助けを願う民に応えて、その憐れみの心をお示しになり、大能の力で救出なさらないのか。民を愛する神は、罪深く愚かで不信の彼らを生まれ変わらせるために、安易な解決ではなく、死の淵にまで至るような大手術を施そうとされた。それが異教徒の手による亡国と捕囚という非常手段による民の再生計画であった。 「肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。」(へブル12:10)。そして私の経験する万事が、神の承知しておられる事態だとするなら、今の問題も決して無意味なものではない。 信仰を持って問題をも課題として受け止めよう。

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