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2015/05/17

5月17日メッセージ「行き先を知らずに」


信仰によって、アブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこに行くのかを知らないで、出て行きました。
へブル11:8

《神の言葉を聞いて》 

今から、私たちは開拓48年目の行程に踏み出す。神への信仰は、困った時に神助けを求めるものではない、神に精一杯奉仕し善行に励むことでもない。混沌の世界に「神が『光やあれ。』と仰せられた。すると光ができた」(創世記1:3)とあるように、神のことばは新しい事態を引き起こす。「初めに、ことばがあった」(ヨハネ1:1)ともある。先ずは神の言葉を聞くことだ。偉大なアブラハムの信仰は、「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。」(創世記12:1)との神の呼びかけに応じたことから始まった。信仰は、人の勝手な計画や願望、あるいは懸命な努力や能力などで進められるものではなく、神の言葉を聞くことから開始される(ロマ10:17)。日毎に聖書に親しみ読み聞くことが出来るのは、信仰者の大事な務めであり大いなる特権だ。

《旅人として暮らし》

アブラハムは、「主がお告げになったとおりに出かけた・・・アブラムがカランを出たときは、七十五歳であった。」(創世記12:4)。神は遠くウルから出て来てハランに落ち着いて老齢期を迎えた彼を、最良の時期と見て誘い出されたのだ。いきなりの、不都合で、過酷な指示に見える。だが、神がそう言われるなら、その指示は神の深い愛の摂理から出ているとし、従うことだ。「信仰によって、彼は約束された地に他国人のようにして住み・・・天幕生活をしました。」(へブル11:9)。バニヤンの天路歴程の主人公のように、信仰者とは、神の呼びかけに応じて、定住地を立って旅に出発する人のことだ。「これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたので」(へブル11:13)、地上のことに固執しない。祖国を捨て未開の米国に移住したピルグリム・フアザーズも、その名が示すように信仰の故の旅人たちであった。

《天の住いを望む》

困難に満ちた旅が続くとしても、そして目的地に直接に自分の足を踏み入れることが叶わないとしても、信仰者は「はるかにそれ(目的地の天国)を見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白」するような行動をとる。「事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。」(へブル11:16)。ここに二つの事実、クリスチャンの天国への強い憧れと、神がクリスチャンを迎えようと天の都を整えておられるという、麗しい情景である。クリスチャンの国籍は天にあり(ピリピ3:20)、世と世にあるものには囚われない(Ⅰヨハネ2:16)。やがて再臨され、世を治める栄光のイエス・キリストの御前に召し出される日を楽しみに、今は行き先不明の旅を神に信頼して続ける。

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