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2015/05/31

5月31日メッセージ「カイザルのものはカイザルに、神のものは神に」

するとイエスは言われた。「カイザルのものはカイザルに返しなさい。そして神のものは神に返しなさい。」
マルコ12:17(13~17)

《嫉妬と怒りにかられて》

パリサイ派は大きな犠牲を払ってでも神への忠誠を守ろうとし、現実に妥協せず信仰の純潔を守り抜こうとした人々であった。しかしイエスの自分たちの偽善性を指摘され、誇りを傷つけられと逆恨みし、嫉妬と怒りにかられ、今ヘロデ党と結託し、イエス殺害の口実を作ろうと罠を掛けようとした。ヘロデ党とは、信仰は二の次で権力と富のためローマに追従するヘロデ王家を支援する者たちで、パリサイ人とは犬猿の仲であった。人は、利害やプライドにこだわり、嫉妬や怒りを溜めると、これまでの主張さえ容易に変更し、相手を抹殺するに手段を選ばず走り出す。彼らは、慇懃にイエスに「私たちは、あなたが真実な方で、だれをもはばからない方だと存じています・・・」と語りかけて罠を仕掛けはじめた。思ってもいないお世辞の言葉だが、イエスはその表現通りの真実な方そのものであった。高ぶりは滅びに、怒りは、身の破滅につながる(申命記8:14、箴言27:4)。

《納税はすべきか否か》

パリサイ人たちは、当時ユダヤを支配していたローマ皇帝への納税の是非の言葉をイエスから引き出そうとした。ユダヤ人たちにとって、ヘロデ王家への税や神殿税に加え、皇帝への納税は当時のユダヤ人にとって大きな負担であり、多くの者が、やがてメシヤが到来しローマの権力から解放してくださると期待していた。イエスが、納めよと言えば、異教徒ローマの支配を容認することで、民のメシヤ期待を裏切り、イエスご自身がメシヤでないことを明らかにするような事態になる。では税を納めるなと言えば、それこそ彼らの思うつぼで、ローマ帝国への反逆者だと訴え出て、自分たちの手を汚さずにイエスを抹殺できると、罠にかけようとした。

《神のものは神に返せ》

主イエスは、彼らの偽装、下心を見抜いておられ、答えずに済ますことも出来た。だが、これを契機に、納税の是非以上に大事なことを人々に教えてくださった。罠にかけようとしている彼ら自身の持っていた貨幣に刻まれている像は誰のものかと問い、その支配下にあるならその国法に従うべきだと言われる。「返しなさい」とは、自分の稼いだ金は皇帝のものではない、自分のものだ、と手放したくない。だが、次に、つまりもっと大事なこととして、「神のものは神に返しなさい」と教えられた。貨幣に像が刻まれているように、「神はこのように、人をご自身のかたちに創造された」(創世記1:27)とあり、私たちには神の像が刻まれていて、神のものなである。私たちは、自分が自分のものではないことをわきまえ、自分を中心に世の中を考えず、神を軸に、神の御旨に従い、神のみこころがなるようにと行動することが求められている。そして、神が国家をも支配し、王を立てていることを承知し、その支配に心から服する時、「カイザルに返す」自由も生まれる。私たちは神のものであり、同時に神の支配されているこの世に属して生かされている存在だ。神に従い、同時に自分が置かれている世に自分を与えるように、仕えよう。

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