« 神のもとに帰ろう | トップページ | 7月5日ニュース »

2015/07/05

7月5日メッセージ「最も大事な戒め」

イエスは答えられた。「一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』次にはこれです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』この二つより大事な命令は、ほかにありません。」
マルコ12:29~31(28~34)

《律法学者の質問》

エルサレムの神殿で、律法学者やパリサイ人、サドカイ人やヘロデ党の人たちが、次々とイエスに論争を仕掛けていた。それを興味深く聞いていた律法学者が、「イエスがみごとに答えられたのを知って、イエスに尋ねた」(28節)。イエスの応答を「みごと(「美しい、立派だ」の意)」と、彼は感心したのだ。また彼の問いへのイエスの答えに、彼が応じ言葉を、イエスは「賢い(「みごと」と同語)返事をした」と評され、「神の国から遠くない」と言われた。研鑽を積み、知識教養豊かでありながら、主イエスの言葉のみごとさに心を打たれて感動する幼子のような謙虚さと率直さを彼の中に見て、「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに入ることができません」(10:15)との言葉を思い出す。信仰とは神の言葉に、「主よ。その通り、みごと、アーメンです。」と全面的に応じることだ。
当時の社会では、神の戒めを実践すべきこと248、禁ずべきこと365の項目で教えられていた。だが、彼は、神の戒めとは、人がすこやかに生きること道を与えておられるものだと考え、その中で最も大切なこと、急所は何か、と尋ねたのであった。戒めを並列に守ることに、何かしらの問題を覚えていたのだろう。

《イエスの答え》

この真摯な問いに対して、イエスは、先ず申命記6:5から、神を全存在をかけて愛すること、次にレビ記19:18から、自分自身を愛するように隣人を愛すること、の二つを最も大事な命令だと答えられた。最も大事なことは本来一つであるべきだとも思われるが、神を愛し隣人を愛すること、また自分を愛することは、本質的にはひとつのことなのだろう。
隣人への愛を教えている例の一つレビ19:9~10には、幸いな収穫時に隣人への配慮を忘れない。その根拠に「わたしはあなたがたの神、主である」、貧しく弱い者を軽んじることは神を軽んじることにほかならない、とある。主イエスも、この教えの冒頭に「イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一である。」(29節)と言われた。唯一の真の神のみを信じるとは、レビ19:2に教えられているように、聖い神に似合う存在として造られていることを自覚して生きることだ(マタイ5:48)。多くの戒めがあり、果たすべき課題を抱えていようが、神を愛し隣人を愛するという最大の課題に、私たちは真摯に取り組む責任がある。同時に、愛することを命じられても、自分自身を疎んじ愛することさえできない者でもある。愛が足らないという問題ではない。隣人に対して、妬み嫉妬し、憎悪し怒り、殺意さえ抱く。このような私たちが、自力で神と人とを愛することは不可能だ。
だが、神がひとり子を賜うほどの愛を注いで、悔い改めた者に愛する心と力とを与えてくださった(Ⅰヨハネ4:7~17)。愛は完全となったとある。感謝だ。

|

« 神のもとに帰ろう | トップページ | 7月5日ニュース »

礼拝説教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/543924/61857277

この記事へのトラックバック一覧です: 7月5日メッセージ「最も大事な戒め」:

« 神のもとに帰ろう | トップページ | 7月5日ニュース »