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2015/08/23

8月23日メッセージ「試練への心備え」

ですから、神のみこころに従ってなお苦しみに会っている人々は、善を行なうにあたって、真実であられる創造者に自分のたましいをお任せしなさい。
第一ペテロ4:19(12-19)

元一世紀後半、教会が広がると共に迫害が厳しくなってきました。また当時のクリスチャンは奴隷の立場にあった人が多く、例にもれず奴隷は不当な扱いを受けていました。この箇所は、不当な苦しみに会う聖徒たちに、主の備えられた苦しみに打ち勝つ道を進むように励ましています。

<キリストのゆえに喜んでいなさい(12~14節)> 

苦しみは、キリストに従う者にとって思いがけないことではありません。「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです」(ヨハネ16:33)。主は弟子たちが苦しみに会うことをはっきり告げておられました。苦しみは、神が与えられる訓練です。それは神が「子として扱っておられる」証拠です(ヘブル12:7)。キリストの苦しみにあずかることは、キリストと共に労苦させていただく光栄であり、やがてイエス様と共に「収穫の実」を喜び合うのです。また、キリストの名のゆえに辱かしめられることは、聖霊が留まっていることの証拠です。キリストを信じるように導き、新しく生まれさせ、キリストをあかしさせてくれるのは聖霊だからです。さらに聖書(ローマ5:1-5)の約束の通りに、患難から忍耐、練られた品性、希望を通して喜びとなる事で、聖霊によって神の愛が注がれている事の証明となります。大切なことである、約束や信頼関係、自分の立場や信念や努力、それがあやふやですと不安でしょう。しかしそれが確かで有益なことが試されて確信できるのは、そして実績を積むのは喜ばしいことではないでしょうか。 試練を通して救いはわれていることが明確にされるのは喜ばしいことです。

<主に一切を委ねなさい(15~19節)> 

聖徒は、悪を行なうことで苦しみを受けることがあってはなりません。人殺し、盗みはもちろん、あらゆる悪を、そして「みだりに他人に干渉する」(自分の考えや思いを他の人に押し付け、神が賜った個性や責任範囲を踏み越えてしまうこと)ことがないよう、主にきよめていただきましょう。
 主のさばきは「神の家」教会から始まります。主は教会を聖めて聖なるものとするため、教会に試練を与えられます。やがて終わりの時に、主はすべての人を審かれます。「義人がかろうじて救われる」とあります。クリスチャンも、かつては罪の故に滅ぼされるべき者でした(エペソ2:1~5)。神のあわれみ以外に救いの道はなく、信仰以外、キリスト以外に救いはありません。善を行なうべきなのはもちろんですが、よい行ないによって神の前に義とされる者は一人もいません(ガラ2:16)。救われるのも、救いが守られるのも完成するのも、ただ主に信頼して従うのみです。不当な苦しみについて、主が審いて下さいます。自分で復讐する必要はありません(ロマ12:19)。主は聖徒を試練の中で守って下さいます。一人も失なわれることはありません(ヨハネ8:39)。主に信頼する者は失望させられることがありません(ロマ10:11)。

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