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2015/08/16

みこころを無視した利己的な信仰となっていないか

この国のすべての民と祭司たちに向かってこう言え。この七十年の間、あなたがたが、第五の月と第七の月に断食して嘆いたとき、このわたしのために断食したのか。あなたがたが食べたり飲んだりするとき、食べるのも飲むのも、自分たちのためではなかったか。 ゼカリヤ7:5、6
 エルサレムの神殿破壊から70年間、民はそれを記念して断食してきた。  だが、罪を悔い改め、「正しいさばきを行ない、互いに誠実を尽くし、あわれみ合え。やもめ、みなしご、在留異国人、貧しい者をしいたげるな。互いに心の中で悪をたくらむな。」(9、10節)との神の教えを実践しようとの断食ではない。ただ自分たちの不幸を嘆くだけのものではなかったか、と神は言われる。  みこころに適おうとしない利己的な信仰であってはならない。

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