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2015/08/20

主をあまりにも低く値積りしてはいないか

主は私に仰せられた。「彼らによってわたしが値積もりされた尊い価を、陶器師に投げ与えよ。」そこで、私は銀三十を取り、それを主の宮の陶器師に投げ与えた。 ゼカリヤ11:13
 やがて到来するメシヤは、民の良き羊飼いとして、「慈愛と結合」の二本の杖をもって民を養い育てるという。だが民は、神の慈愛の手を払いのけ、民との関係を回復しようとの神の結合策を拒絶すると預言者は告げている。  この予告の通りに、イエス・キリストは民に拒絶され、弟子のユダは銀三十枚というわずかな金で主を裏切って自殺し、その裏切りの報酬は宮の陶器師の庭に投げ入れられたと福音書は伝えている。だがこれは他人事ではない。私たちも大したことのない理由で、教会の約束事を反故にし、自分で決めていた神への思いを翻す。  私たちは、私たちの主をあまりにも低く値積りしているのではないか、反省が必要だろう。

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