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2015/08/21

恵みと哀願の霊を注がれて

わたしは、ダビデの家とエルサレムの住民の上に、恵みと哀願の霊を注ぐ。彼らは、自分たちが突き刺した者、わたしを仰ぎ見、ひとり子を失tって嘆くように、その者のために嘆き、初子を失って激しく泣くように、その者のために激しく泣く。 ゼカリヤ12:10
 神は、この世界の終わりの日の戦いの際(黙示録19:11以下)、「エルサレムの住民をかばわれる。その日、彼らのうちのよろめき倒れた者もダビデのようになり、ダビデの家は神のようになり、彼らの先頭に立つ主の使いのようになる。」(8節)。  弱く頼りない私たちを、神に頼り続ける哀願の霊と祝福の恵みを注いで、キリストへの感謝と信頼を強くし、この戦に用いくださるとある。しかし、私たちは自分が極めて弱く、容易に罪に傾く自分であることを承知している。  自分たちが刺し通した御子を終始仰いで嘆き、復活の主の赦しと助けの力を喜んで、主に信頼して仕えて行こう。


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