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2015/09/29

自分こそ放蕩息子その人なのに

しかし兄は父にこう言った。「ご覧なさい。長年の間、私はおとうさんに仕え、戒めを破ったことは一度もありません。その私には、友だちと楽しめと言って、子山羊一匹下さったことがありません。それなのに、遊女におぼれてあなたの身代を食いつぶして帰って来たこのあなたの息子のためには、肥えた子牛をほふらせなさったのですか。」 ルカ15:29、30
 消息不明だった放蕩息子の帰還に喜んで大盤振る舞いをしている父親に、模範息子を演じていた兄息子は、不公平だと腹を立てて抗議する。 自分のわずかな努力や犠牲をさも大きい功績でもあるかのように思って誇り、何もしていない人が良く扱われると自分が損を強いられ不当に扱われたように思って怒り出す。まるで自分の姿を見るようだ。自分こそ、許され受け入れてもらった放蕩息子そのものであることを忘れてしまって。

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