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2015/09/13

9月13日メッセージ「牧師・伝道者への勧め」

 あなたがたのうちにいる、神の羊の群れを、牧しなさい。強制されてするのではなく、神に従って、自分から進んでそれをなし、卑しい利得を求める心からではなく、心を込めてそれをしなさい。     
ペテロの手紙第一 5:2(1~4)

教会の指導者である長老(牧師)に対し、使徒ペテロは、自分も長老の一人として勧めます。使徒ペテロを通して神様は、次のように命じ励ましています。

<謙遜に、同労者への尊敬をもって仕えなさい(1節)> 

ペテロは、後輩のすべての長老たちよりも経験深く、豊かに用いられ器でした。しかし彼はここで自分を「同じ長老(牧師)のひとり」として長老たちに勧めています(1節)。働き人は、主に立てられたという点でみな平等です。また彼は自分を、キリストの復活の証人でなく、苦難の証人であるとあかししています。キリストの苦難の時、彼はどうしていたでしょう。「たとい他の弟子がつまずいても自分は主を見捨てない」と宣言したにもかかわらず、主が捕えられると逃げ出し、また主を否んでしまいました。それでもペテロは、自分をキリストの苦難の証人と紹介します。恥かしい自分の失敗にもかかわらず、主は自分を見捨てず、再び声をかけて立たせてくださったことをあかししたのです。ここにも謙遜にされたペテロがあらわされています。私たちも、主にある謙遜をまとい、互いに尊敬をもって、共に仕えて行きましょう。

<顧みを求めず、ひたすら主と教会に仕えなさい(2節)> 

「強制されてするのではなく、神に従って、自分から進んでそれをなし、卑しい利得を求める心からではなく、心を込めてそれをしなさい」と彼は命じます。主によって伝道者に召された者にとって、福音を伝え、主と教会に仕えることは、「当然の義務」です(1コリ9:16)。しかし当然のことであっても、義務感だけで仕えるのではなく、自分から進んで為すようにと使徒は勧めます。私たちは、たましいの救いと成長という、主の下さるすばらしい報いを求めて仕えるのです。報酬や賞賛を求めなくとも、主への信頼と感謝をもって「心を込めて仕える」時、主が支え報いて下さいます。

<支配するのではなく、もはんとなりなさい(3節)> 

宣教の大命令の一つ、主が命じられことを教会の人々が「実践するように」に教えることは、当然主のご命令としてしっかり伝えなくてはなりません。しかし伝道者自身は、与えられた権威を用いて支配するのではありません。むしろ、しもべとして仕え、内に生きておられる主と共に自ら模範となって仕えることで導くのです。命じるよりも、彼らが自ら主のみことばを実践して、みなが自ら倣うようにすることが伝道者の務めです。その模範は、自分が強いから努力しているからできると示すのではありません。その対に、主に信頼して従う時に、主が罪深く弱い自分をも聖め、力付け、成させて下さる見本となることです。これらの教えに忠実に従う時、主は私たちにも栄光の冠をもって報いて下さいます。

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