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2015/09/15

受け入れ理解しようとする心で聖書を読む

私も、すべてのことを初めから綿密に調べておりますから、あなたのために、順序を立てて書いて差し上げるのがよいと思います。尊敬するテオピロ殿。 ルカ1:3
 ローマの高官テオピロという求道者に、ルカはキリストの生涯を紹介し、「それによって、すでに教えを受けられた事がらが正確な事実であることを、よくわかっていただきたい」(4節)との意図でこの福音書を書き始めた。その思いを彼にお与えになった神に導かれて。 しかし私たちは、その聖書を読んでもなかなか理解できず、悔い改めて応答できないでいる。ちょうど御子イエスのことばと業に接した人々が、自分の信条や生き方に固執して率直に応答しなかったように、私たちも人の能力と知識を絶対視しそれに囚われて、神の誠実な愛の招きを聞き逃している。 聖書は私たちへの完全で十分な福音の説明なのだ。受け入れ理解しようとする心で神の助けを祈りつつ読んで行こう。

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