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2015/10/04

10月4日メッセージ「そこにある栄光の道」

あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。
 1ペテロ5:10(5~11)

この手紙の最後の勧めの部分を共に見て行きましょう。先回お話しした5章の冒頭の箇所は、教会の長老たちへの勧めでした。5節以降は、長老(牧師)に養われ、成長していく者たちに向けての勧めです。

<第一に、牧師がキリストに従うように牧師たちに従いなさい(5~6節)> 

「支配するのではなく、むしろ群れの模範となりなさい」との3節の教えは、天の父に全く従い、父のみわざを行なわれたキリストの模範に従うことでした。そしてペテロはここで、「同じように」、つまり牧師たちが主に従って仕えたのに倣って、「若い人たちよ。長老たちに従いなさい」と命じています。キリストに倣う道は、主が弟子たちの足を洗われたように、身を低くして仕える道です(ヨハネ13章)。謙遜は、自分の欠けを自覚して、高ぶらないようにする以上のことです。罪のない完全な主は誰よりも謙遜であられました。謙遜は相手を愛する故に、自分を後にして相手を優先し、喜んで犠牲を払い、喜んで従い仕えることです。この謙遜を主からいただき実践する者は、キリストが高くされるように高くされます。

<第二に、思い煩いを一切神に委ねなさい(7節)> 

思い煩いは心から出てくるもの、自分の感情はコントロールできません。しかし、しかしコントロールできる主に自分を任せることはできます。委ねる時、主が重荷を負って下さり、主の平安が、あなたの「心と思いをキリスト・イエスにあって守って」くれるのです(ヨハ14:27)。私たちのすべきことは、思い煩いの感情に自分の意思や決断を支配させないこと。神に知っていただき、神に委ね、神に従うこと(ピリピ4:6~7)です。悲しくて泣きながらでも、親に信頼して手をひかれて歩く子どものように、感情はわなないても主に道を導いていただければ、私たちは正しく歩み成長し、目指す御国に到達するのです。

<第三に、身を慎しみ、目を覚ましていなさい(8~11節)> 

慎みとは、油断をしないで自分を正しい位置・状態に保つことです。主がいつ来られてもいいように、「目をさまし」(マタイ24:42)。いつも主の励ましの内を歩めるように、主から目を離さない(ヘブル12:3)。祈り続け、誘惑に陥らないよう、弱い肉体を健康に保つ自己管理(マタイ26:41)。信仰をだめにしようと獲物をさがす悪魔に対し、堅く信仰に立つことを通して主に勝利していだくのです。主は、同じ苦しみを通ってきた信仰の先輩たちをも守って下さいました。苦しみは続くがそれは「しばらくの間」です。主は試練を通して「完全にし、堅く立たせ、不動の者としてくださ」います。

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